平成14年4月9日

決算行政監視委員会にて

 本日の決算行政監視委員会分科会で、「フィルムコミッション」と「車検制度」について管轄である旧運輸省に質しました。

 扇国土交通大臣には、映画ロケ誘致のために各地で立ち上がっているフィルムコミッションの支援策とスムースな遂行のため、他省庁との連携について尋ねました。

 以前から超党派研究会での議論など取り組んでいますが、国会でのこうした公式な場で議論したのは、おそらく私が初めてです。

 扇大臣は、国土交通省が中心となって観光振興の視点から、(映画産業を管轄する)経済産業省と連携をとってやると、かなり前向きな発言でした。

 私は、映画を娯楽産業と位置付けることだけでなく、海外からも積極的に誘致して外貨獲得や情報発信の「戦略産業」として、警察庁、消防庁などとの権利調整にも取り組むよう要請しました。

 また代行車検制度では「前車検後整備」のフォローアップ、現在5人以上と義務付けられている指定整備工場の人員緩和についても質問しました。


平成14年4月2日

安全保障委員会で質問

川口大臣は勝負服の赤!(人事発表があったからですが)

 前回に引き続いて、不審船問題で海上保安庁長官と外務省アジア局長に質問。

 12月からの不審船事件から時間が経ち、もう4月というのに、相変わらず政府は「船体の確認をしている」の一点張り。一体いつまで船体の確認してるんだ。遺留品はもうどこか流失しているのではないか、と危惧する。

 武器を積んだ輩が日本の領海に入ってきて武器をぶっ放して逃げた。ミサイル撃って逃げた連中がまともとは、沈没現場の管轄者・中国も思ってはいないだろう。

 日本と中国の境をこんなヤツがうろうろしているのだから中国にとっても脅威であるはずであり、本来なら共通の認識のもとも引き上げて真実をはっきりさせればいいのである。それは中国にとっても「好ましい」事と思うが。

 しかし中国側は外相、外務次官といった政府要人が「日本は引き上げに慎重に」と繰り返しアナウンスしている。反面、直接的“被害者”のわが日本側は今だ政府首脳から「引き上げへの強い態度」は表明されず、川口外相は「中国に対して外交ルートを通じて交渉している」と他人ごとのように言うだけ。

 前回も書いたが、この外務大臣は官僚そのもの。答弁はできるだけしないようにして、座っているだけ。あとは答弁書の棒読み。気迫も何も全く感じられない。もともと通産省の官僚だから外務省に遠慮してかリーダーシップも発揮できず、不審船、拉致事件と相次ぐ国難の時期、こんな人物が外務大臣では北朝鮮や中国の思うままだ。





平成14年2月28日

安全保障委員会

 今日28日、安全保障委員会にて川口順子・外務大臣の就任後初の質疑を行った。

 私の質問は
 1)日本として中国・排他的経済水域に沈んでいる不審船の引き上げに毅然たる姿勢を示せ。
   中国が慎重な姿勢を求めるコメントしているが、何なら「中国立会い」のもと引き上げをするべき。

 2)昨年12月の朝鮮赤十字社の拉致調査打ち切りに続いて、国連人権委員会ワーキングチームも
   北朝鮮側の協力を得られないと拉致日本人の調査を打ち切った。
   日本はこれからどうするのか。

 3)外務省がイラク攻撃の可能性の検討を始めたと報道をされたが、日米首脳会談で
   「イラク攻撃」の何か示唆があったのか。という点です。

 私がいつもいう事は「日本の毅然とした姿勢」であります。
 日本の平和や治安に脅威を与えた船(実際、携行型ロケットを所持していた)の引き上げに及び腰であってはなりません。

 外相の回答は
 1)「いま調査中」
 2)「これから粘り強く交渉」
 3)「常に調査研究している」の一点張り。

 川口外相には本当にガッカリで、後ろに居座る官僚の耳打ちのとおりに応えているだけで、まったく話にならない。
 田中前外相も知らない事は原稿棒読みだったが、まだホンネを話した。
 川口外相は“ザ・官僚”。
 答弁も表情も抑揚なく、ただひたすら「一歩も踏み出さない答弁」をするだけ。

 この人では建設的議論などできない。



平成13年11月27日

安全保障委員会

 今日の安全保障委員会で、PKO法改正による、いわゆる武装解除、武器収集・管理、検問などの本体業務凍結解除の質疑を行いました。

 我が国では‘92年にPKO法が成立、カンボジアの復旧やザイールでのソマリア難民支援、ゴラン高原に派遣されてきたが、これは輸送支援などのいわゆる「後方業務」と呼ばれるもので、停戦監視や武装解除、武器の収集などは軍隊でなければできず、PKO要員である自衛隊員の武器使用などを巡って「国内外の理解が得られるようになるまで」凍結されていた。

 私は、ODAとPKOは日本の国際貢献の柱。PKOは軍事行動ではなく国連の旗の下での行動であり“武力行使”とはなりえないと考えます。

 停戦合意がされているとはいえ、不測の事態が想定される活動現場で「自衛隊員の手足を縛るような」机上の議論ではなく、武器の使用についても現場の判断に任せるべきではないか、と訴えました。

 あわせて今回の法改正によってPKO任務は大きく様変わりすることとなり、法を審議し送り出す“政治家の覚悟”も試されると訴え、PKOの更なる役割について日本は積極的に議論し、そのあり方を確立すべく毅然とした取り組みをするべきだと主張し、中谷防衛庁長官も同意しました。

 また早朝にパキスタンから帰国した田中外相にパキスタンの印象、向こうでの首脳との会談などを尋ねましたが、時差ボケでほとんど寝ていました。


平成13年11月26日

テロ対策特別委員会質問

 本日、テロ対策特別委員会で福田官房長官、中谷防衛庁長官に「基本計画」についてただし、民主党は承認を決めた。

 英紙がソマリア、スーダンなどに1月上旬にも攻撃をする、という報道をもとに、そうした場合に自動的に支援がズルズルと継続とならないよう歯止めを求め、不満足ながら答弁に一定の理解を得た。




平成13年11月6日


 テロ対策特別委員会が一段落し、久々に開催された安全保障委員会で30分間、田中外相、中谷防衛庁長官に質疑を行った。

 自公保の与党三党幹事長のパキスタン訪問報告を受けて、基本計画を作成するに当たって「与党幹事長と防衛庁長官のどちらが主導権を持っているのか」と尋ねた時、「私が防衛庁長官です」とキッとなった。あれこのシーンはどこかでみたことあるぞ。そうだ参院選後の総括で「民主党のカオが見えない」と言った時に「私がカオだ」と珍しく気色ばんだ鳩山代表だ。

 中谷長官も頭越しに与党幹事長がパキスタンに行って、あれこれ元長官の山崎拓・幹事長が記者会見で基本計画について話し出して、長官でありながら軽量と見られているのか、内心面白くないのだろう。

 外相には「パキスタンの難民キャンプなんてあんな汚い所行かないわよ」との発言が事実かどうか質した。事実無根と否定したが、それならパキスタンとの友好関係にしこりを残さぬよう、明確に報道機関にでも訂正を求めるべきだろう。外相のニュースを幾つも集めてみたが、他に「ろうじょう事件」「指輪なくした事件」とかそんなのばかりで、あまりにも国会質問で取り上げるにはレベル低すぎ。



平成13年10月24日


 本日、決算行政監視委員会でわずか15分だけ質問時間があった。

 わずかながらテーマは 「 狂牛病 」 。 食肉に関しては全頭検査を経たものは 「 安全宣言 」 して、消費回復を図っているが、不安の根本原因はいぜん発症牛の感染源が特定できないこと。 徹底した解明を求め、すみやかな情報提供を申し入れた。

 また食肉や加工品と違ってマスコミもあまり取り上げていない、化粧品や薬品の安全性はどうなっているのかについても質しました。

 厚生労働省は 「 化粧品についても調査を進めていく 」 との答弁のみで、何ら対応していませんでした。 実際、牛の副腎や胎盤を原料とした化粧品、サプリメント、クリーム等が、国の通知によって昨年暮れから回収されている。 中には牛からのプラセンタエキスが、豚からのそれに取って代わっている商品もある。

 厚生省からの通知には 「 製造業者等が品質及び安全性の自己点検をその責任において行い・・」 とある。すべて業者責任でやれ、ということであり、その結果の公表義務もない。 したがって真実がわからずに決着がついてしまう。

 食肉とレトルト加工品ばかりが騒がれているが、女性にとっては化粧品を 「 捨ててしまった 」 という不安や問い合わせも多く、マスコミが伝えないものの 「 化粧品 」 への真相究明も急務である。




平成13年10月18日


 本日午後1時からの衆院本会議で、「テロ特措法」ほか自衛隊法一部改正法ならびに海上保安庁設置法改正法の3法が与党などの賛成多数で成立した。

 特措法について我々は反対。とにかく「もっと日本有事の恐れのある場合に適用される“周辺事態法”ですら原則事前承認であるのに、日本直接の脅威とは考えにくい今回の支援でなぜ「緊急性」が指摘され、あくまで事前承認でいいとされたのか全くの論理矛盾である。

 何度も言うが、政策論よりも政局論で出来た「妥協の産物」」であり、こんな法律で危険国隣接地にいかされるかもしれぬ自衛隊の方々に申し訳ないと思う。

 ちなみに民主党分裂の誘い水を向けようと昨日決まった「起立採決」から与党の一部が「記名採決」を言い出した。当然、却下されたわけだが、関西弁で言うと「ホンマどこまでもヤラシイやっちゃ」である。

*記名採決と起立採決(けさの日経から抜粋)
衆院規則によると本会議の採決を記名採決にするには議長が必要と認めるか「出席議員の5分の1の要求」が必要。実際は慣例上、議院運営委員会の協議で決める。16日の議院運営委員会では自民党委員長も含めて起立採決と決まっていた。




平成13年10月16日


 昨日の夜の与野党党首会談の決裂を受け、本日、委員会で締めくくり総括質疑が行われた。私は35分間にわたって小泉総理ほか関係閣僚に質疑を行った。

われわれがあくまでこだわった「基本計画」の事前承認は
1)シビリアンコントロールの徹底
2)国会であらためて基本計画を審議することによって政治が責任を持ち、時には歯止めとなる
3)緊急時の事後承認も認めていた

ものであり、PKO法、周辺事態法に準用していた。

事前承認を提案したのは決して民主党の無理難題でもなんでもなく、むしろ自民党の国防族や外務省、防衛庁も「むしろ当然」といっていた。小泉総理始め官邸筋も事前採決を織り込みずみだったと胸のうちに秘めていたとのことだが、結果、公明党の巻き返しによる連立維持を優先した“内部事情”で決着がついた。



平成13年10月14日

1013日、約五年ぶりに開かれた土曜日の委員会審議。この日は各党から推挙された参考人を招いての質疑が行われました。

民主党推薦の参考人は17年間、パキスタン・ペシャワールを中心に難民の医療活動を続けている中村哲医師(過日、このHPで紹介しました)。わたなべ周は短い時間でしたが

「反米デモが日に日に高まっているが、いまパキスタンの状況は」

「医官派遣を検討した場合、慣習や言葉、文化が違う中でどれだけ役に立つか」

を尋ねました。

中村参考人は「医師が臨床で必要なことはなぜその患者が痛み、苦しみ、泣いているのか、が判らなければならない。今行っても役に立たない」「対日感情は極めていいので、ジャパンアーミーとして今、来る事は良くない」といった意見を述べておられました。

難民支援を“軍事的プレゼンス(展開)”と述べるなど、決して同一の認識を共有してはいませんでしたが、法に基づく基本計画策定の際には貴重な示唆を与えたと言えます。


平成13年10月9日

これが115字の名前の法案。あと2つの法案とあわせてテロ関連3法

 アメリカへのテロ事件にはじまった脅威に対し、わが国の協力の根拠となる「協力法」を審議するための特別委員会が本日設置され、私も委員の一人に選ばれました。

委員会の名称は

「国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動等に関する特別委員会」(33字)

また審議する対米支援のためのテロ特措法の正式名称は

「平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国に対してわが国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法案」という115字の法案。委員長には加藤紘一氏が就任した。

これまでにお伝えしたように、民主党としてこの法案への対応を議論しているが、最大の懸案は小泉総理が予算委員会で吐露したように「無限定」に自衛隊の活動が広がることである。またどの時点をもってして「テロの脅威が去った」と判断するか、政府答弁では全く判らない。 ビンラディンが例えこの世からいなくなってもその一味が中東やアフリカのどこかの国に逃げ込み、「テロ続行」を言いつづける限り、また、アメリカが「戦い続ける」と言う限り、日本は延々と世界中で“後方支援”し続ける事になる。
 重い責任と政治の使命感を持ってこの特別委員会に臨みます。


平成13年9月26日
 


 決算行政監視委員会の一員として、25,26日と、北海道の十勝地方に視察に行った。

 みるべきは、あの「 農道空港 」である。 帯広市内から約1時間の河西郡新得町の農道空港は、昭和63年に計画が持ち上がり、約5億円かけて平成4年7月に供用開始された。 当時、国と道が約2億づつ、地元が約1億円負担した。

 産地から新鮮な地場産のいんげんや、えんどうを空輸するとの予定であったが、計画の見込み違いから、現在は、年間365日のうち利用日は4分の1の81日のみ。



 うち農産物の輸送にかかる使用は、たった12日の12回。 農道空港利用で一番多いのは「 ウルトラライトプレーン訓練飛行 」( 35日、99回 )。 ついで「 グライダーによる試験飛行、気流調査 」( 9日、43回 )、「 町民の体験飛行 」( 11日、31回 )など。 このほか農薬の散布や“ よさこい ”練習による使用なんていうのもあった。


 町長さんや役場担当者と話をしたが、現在、飛行機は2ヶ月300万円でセスナをチャーターし、一度に積める量は限られており、しかも行き先は陸路でもいける帯広空港のみ。 結論は「 車で運べば沢山、安定して輸送できる 」であった。

 農水省が管轄外の空港建設に手を出し、最終的には町が管理し、その取り扱いに四苦八苦なのだ。 農道空港は道内にあと3空港あり、岡山、大分など全国で8空港。 国は平成9年度から事業を止めている。 視察では高速道の建設予定地にも行ったが、日本道路公団のパンフレットにあった「 高速道ができれば北海道の新鮮食材の9割はカバーできる 」のフレーズが、さらに農道空港のムダを実感させた。























平成13年9月10日


 これが政府専用機!


 9月6日、千歳基地で特別航空輸送隊へ行ったと書きましたが、同隊は平成五年に正式発足した政府専用機を統括しているセクション。

 千歳の格納庫には二機の専用機が保管されており、これまで天皇陛下6回、皇太子殿下5回、総理大臣を62回乗せて、72国158空港を訪れている。 行った事のない空港には事前訓練で行かねばならず、某前総理のようにアフリカだのイルクーツクだの「行く」と言い出せば、そこまで行かねばならないという。

 写真撮影が許された所だけ公開します。

 ちなみにセキュリティー上の理由から撮影が許可されなかったのは、先端部、民間機でいえばファーストクラスにあたる部分で、ここにはベッドと4人がけ用のテーブル、執務用の机がある。 その横にはビデオデッキやシャワールーム( コインシャワー程度のスペース。 皇太子殿下が一度使われたとか )、ソファーのある夫人室( もしくは随行の官房副長官 )がある。

 ↑機内が汚れるからと履かされた足カバー  ↑ 随行員のソファー。カーテンで仕切り、ベッドになる。
ここで点滴を受けた大臣もいるそう。
 ← 会議室。イヤホンとマイクで会話ができる。
 
   ↑ 記者席の会見席 (上左右共)
 ← パイロット席
 ← 機内庫


平成13年9月8日


 9月5日は、札幌防衛施設局、札幌駐屯地、東千歳駐屯地、技術研究本部の4箇所、6日は千歳基地でスクランブル体制、特別航空輸送隊を回り、過日誤射事件のあった島松射撃場へ。 今回の視察のメインはこの射撃場といっても過言ではなく、ヘリコプターによる上空視察と島松タワーと呼ばれる監視台からの現地視察を行う。

 我々の訪問前日に事故調査委員会が配線の裂傷による誤射と調査報告書を出しているが、高度2000から2500メートルからの機銃訓練はまさに地上の米粒のような標的を撃つもので、今回の誤射で負傷者が出なかったことは幸運としかいいようがない。

 訓練再開に向けて地元・自治体との協議が今後続くだろうが、不信感はなかなか拭い去れない。 かつては原野だった地域も今は宅地が進み、周辺環境は大きく変わっている。 演習場変更には当該地域との新たな協定が必要だが、それは大変な難作業であろう。 国内演習場の確保は先行き厳しい。





平成13年9月7日

 

 理事を務める安全保障委員会で、94・5・6日の日間、北海道は稚内、札幌、千歳の北部方面隊に所属する各地を視察して回りました。

初日は陸自沿岸監視隊、海自分遣隊、空自18警戒隊が終結している、まさに最北端の防衛拠点である稚内へ。 年に数日あるかないかという快晴に恵まれ、サハリンを肉眼で見ることが出来、まためったに見えぬモネロン島( この島の上空で大韓機が撃墜された ) までもが視認できた。 まさにノシャップ岬の向こうにロシアがあり、東西冷戦緊張時代は国防の最先端であった事を見せ付けられた

  半径250キロをカバーしているレーダーサイトに入り、謎の多いままの大韓機事件だが、当時日本政府がはっきりさせなかったソ連機の追尾、撃墜は間違いなくこのレーダーが捉えていたことを確信した。 また沿岸監視では5000ミリの望遠鏡で、肉眼では見ることの出来ない船影をはっきりと捉えていた。 日ロ、米ロ雪解けの中で緊張感をいかに今後、持続させていくかが課題であろう。


 

平成13年9月3日

ベルリン連邦議会
 
 ベルリ
街の中にはベルリンの壁がまだ遺されている
ンでは、まず、旧東ベルリン市にある連邦議会へ。 ドイツの議事堂は、かつての帝政時代議事堂と近代的な現代建築を合併して作られています。 会議場の天井はガラス張りで、その上は展望台になっており、観光客は議会を覗き込むことができます。 透明性と明るさを 「 新生ドイツ 」 はかなり意識しているのでしょう。 議会は開会されていませんでしたが、乳母車を押した若い夫婦が国会屋上の売店でコーラを買って、記念写真を撮っていた光景は驚きでした


 国会前ではNATOによるマケドニア武力解除へのNATO派遣の反対署名が行われており、すぐ横にはベルリンの壁を越えようとして亡くなった方々のモニュメントがありました。

 ちなみに、議場内の議員席は指定されておらず、早い者勝ち。 エライ人が一番前に座り、新人は机すらない後ろのほうの椅子席に座るのだそうです。 「 出席率が悪い 」 とアテンドしてくれた議会関係者は言っておりました。 建物内には当時の銃痕だらけの壁も残されていました。


 また環境問題で先進的な取り組みをしているドイツですが、日本との研究交流も盛んで、特につくばと交流が多く、我々の最大の関心事である 「 京都議定書問題 」 については、ドイツ当局の幹部は 「 アメリカ抜きでの締結を考えている 」 と断言しておりました。 EU移行を前にヨーロッパ連合を背景に独自性と自信を深めるドイツとわが国の姿勢に、大きな違いを感じました。

 また民間の分別、再処理会社を訪ねましたが、リサイクルシステムは日本と大きな差はなく、やはり 「 環境を守ろうという公共心を養う教育 」 の重要性でが一致しました。
 
いたるところの売店でベルリンの壁がお土産に売っている
(視察を終えて)

 とかく ” 物見遊山 ” と批判される議員の海外視察ですが、かなり充実した中身の濃いものであります。 会計監査制度、PFI導入、行政監視システムなどかなり活発な意見交換がされ、面談時間がなくなり、後日、細部について日本大使館を通じて 「 答えきれなかった質問には回答する 」 ということをそれぞれで約束して、日程を終えました。


 

平成13年9月2日

 (8月25日)

 イギリスからドイツ・ベルリンへ
 
議会コミッショナーで
 ベルリンへの移動前、イギリス下院のスタッフであり、行政府から独立して行政運営への不正、苦情を処理する 「 議会コミッショナー 」 のオフィスを訪ねる。

 国会議事堂を一望できる一等地のオフィスビルに有り、事務処理や告知の遅れ、不公平・偏見による事務処理など、” 不適切 ”な行政運営があった場合、下院議員を経由して申し立てがあれば、行政府から独立して調査を実施し、是正を求める措置を取る。

 ただし警察、裁判所、安全保障は対象にならない。 スタッフは法律家や会計士など。

 苦情に足らない、言いがかりめいたものや、本人の無知による手続き上のミスなどもあるだろうが、それでも莫大な件数の申し出に真面目に対応している。

 住民側、納税者側からの行政への対抗力として存在することは、行政機関もかなりのプレッシャーを感じることだろう。そこには 「 住民優先 」 の思想が確実にあった。



平成13年9月1日


(8月23、24日)

 ドーバー海峡を渡る列車ユーロスターでパリからロンドンへ移動。 約3時間。


 イギリスでの目的は、PFI ( private finance initiative = 民間資金等活用事業 ) である。

 到着後直ちにロンドン中心部から1時間ほど走り、テムズ川の大きなピアに近い 「 エリザベス2世橋 」 へ。民間資金で民間が建設、管理する。 ユーロスターが通った海底トンネルも同事業である。 翌日、英国調達庁と執行部門であるパートナーシップUKで、長時間の質疑。

 PFIは’92年の保守党政権の時に 「 公共サービスへの市場原理の導入 」 「 社会資本の整備・運営等の分野に民間事業者の資金や経営ノウハウを導入 」 をすることで、ブレア労働党政権になっても推進体制の見直しが行われながら、現在プロジェクトは405件、約3・3兆円の契約額。
 
 主な分野別事例は

( 交通 ) 有料橋、鉄道、地下鉄
( 厚生・環境 ) 病院、医療機器、廃棄物処理施設、上下水道
( 防衛 ) 訓練所、通信施設、軍人住宅
( 官庁施設 ) 庁舎、大使館建物
( 都市 ) 工場跡地開発、荒廃地区再生
( その他 ) 刑務所、空港管制システム。



平成13年8月31日

 
(8月21日)

 午後、フランス会計検査院へ。 歴史は古く1807年に、皇帝ナポレオンによって
設立された。 職員総数400人、うち250人が検査に従事している。
 省庁や公社、公営企業のみならず、国民の寄付を受けている慈善団体も検査対象になっており、その理由について 「 寄付による税控除によって、本来は国庫に入るべきものがそうした団体に寄付されているということは、国からの支出と同一視できる 」 という理由だ。 概要を聞いた後、質議応答となり、私は 「 政府開発援助(ODA)が他国でいかに使われているか追跡できず、不信感は高い。 どう考えるか 」 とたずね、 「 その国に、独立した会計検査施設をつくる支援を強めることだ 」 とし、フランスはIMFが提唱しているそうした施策をアフリカの仏語圏で検討中という。
 また機密費の問題はフランスでも問題になっており、某国大統領から ”夜のお相手” までなんとかせよとの依頼があったこともあるそうだ。
 やはり、会計検査院の目的は適正な支出のコントロールであり、政策の是非についての判断には踏み込めず、執行の遅れなど勧告はすることはできても拘束力はない。

(8月22日)

ノルマンディ・ブリッジにて
 パリから西に200キロ離れたノルマンディに。 連合国の上陸作戦が行われたところであるが、私どもはルアーブル市の商工会議所が管理、運営する 「 ノルマンディブリッジ 」 へ。
 *概要* 

 商工会議所が、仏政府の許可によって法的所有者になり、橋の営業を行っている。 複数の銀行団から
資金を得、すでに開通しているタンカービル橋との料金プール性でも調達している。 債務保証は3県1州の地元自治体が負担しており、言葉を変えれば地元自治体共同管理の運営を、商工会議所が代表してマネージメントしているといえよう。 商工会議所の位置付けは、日本よりはるかに行政機関的色彩が強い。
ノルマンディ・ブリッジ












  夜は日本大使公邸での夕食。招待状とそのメニュー。果たして、外務省はこんな料理を出していていいんだろうか??
晩 餐
先付 とまとすり流し
前菜 枝豆冷茶碗蒸し
おつくり 伊勢洗い・鯖・鯛
蒸し物 ?蒸し ??あんかけ
?? 牛肉 玉色野菜 胡麻ポン酢かけ
食事 鱧押し寿司
御椀 玉子素麺
甘味 さつまいもの冷やし汁粉 白玉

八月二十二日
日本大使公邸


平成13年8月30日


 
 8月20日から28日まで、衆議院・決算行政監視委員会でパリ、ロンドン、ベルリンを回ってきました。 その模様を数回に分けて、ご報告いたします。

 (8月20日)

 成田発全日空機でパリへ。 視察団は、自民党2、民主党2、自由、共産、社民各1の各党理事で、総勢7人。 同日到着後は、荷解きの後、ホテル内で日本大使館による視察日程のレクチャーがある。 議員からとんちんかんな質問が出ぬように配慮されているのか。

 (8月21日)

 午前中は、フランス財務経済省でエネルギー政策の意見交換。 世界でもっとも電力を原子力に依存している (76.4%) フランスでも、原子力政策への理解は国民の半々程度。
 私 「 日本でもたび重なる事故で国民にはまだ原子力不信感が高い 」
 仏側 「 フランスでも市民社会への理解はなかなか進まず、情報公開が肝要。透明度を高めるしかない 」

 フランスのエネルギー政策は
 1)安定供給
 2)競争力の維持
 3)環境に配慮
 が3本柱で、自給率は73年の26%が現在は50%。 石油依存も大幅に減っているとのことですが、原子力先進国・フランスでも、国民理解を得るのに特効薬はなく、同様の悩みを抱えていました。