わたなべ周 活動フォトギャラリー

最近の、わたなべ周の活動を写真でご紹介するコーナーです。随時、更新してまいります。


2011/12/12 
アフリカ視察報告。 ウガンダ編
南スーダンで活動する自衛隊の物資調達や日本からの中継拠点となる隣国・ウガンダも訪問しました。昨年南アでのワールドカップ開催中、首都・カンパラでパブリックビューイングを楽しんでいた会場で爆弾テロがあり、治安態勢にはたいへん厳しいものがありました。エンテベ空港には国連のコンゴ安定化ミッションの基地があり、アフリカにおける国際貢献のハブとなることも予想されます。

国連の輸送機が待機するエンテベ空港。日本は参加していないがコンゴ安定化ミッションの基地が隣接する。 国連のヘリコプター。主にWFP(国連食糧計画)の物資を運んでいる。 日本からの物資輸送を保管する倉庫にて。ウガンダでは国連の兵站支援が経験豊かで心配はなかった。 かつてチャーチルが緑豊かな国と賞賛したウガンダはアフリカのイメージを変える。
国連コンゴミッションなどの説明を聞く。活動の9割がコンゴ、南スーダンは1割。南スーダンへの自衛隊員もここでオリエンテーションを受けた。 九州の2倍あるといわれるビクトリア湖の一部。ナイルパーチと呼ばれる外来種が生態系を変え、この魚は西側に白身魚として輸出されている。映画「ダーウィンの悪夢」に詳しい。。 エンテベ空港から首都・カンパラまでは40キロほどだが道路網が整備されておらず慢性渋滞。中国がバイパス建設に乗り出しているとのこと。 ウガンダの国防大臣と。自衛隊と活動を共にする可能性のあるルワンダ軍の幹部はウガンダで訓練をした。は
ウガンダ国防省にて。後ろの建物が国防省。カンパラを四方見渡せる好位置に所在する。 国連コンゴミッションの営舎内にて 国連施設内のインターネット室にて。 市内中心部の丘からカンパラの街並みを望む。

2011/12/12 
アフリカ視察報告。ジプチ編
海賊対処のために活動しているジブチの自衛隊宿営地も訪問しました。鹿児島県鹿屋基地を出発する際にも見送りに行っており、部隊と再会しました。過酷な状況の中で国際貢献をしている自衛官の皆さんには頭が下がる思いです。


本格的な宿営地がことし夏に完成。陸海空の精鋭130人がソマリアの海賊から日本商船などを護衛しています。 隊員の励みとなる地元・鹿屋基地隊員からの寄せ書き。最高50度となる外に比べて宿営地の暮らしはほぼ快適。 海賊を空から発見するP3C搭乗前に飯塚司令と 宿営地前の道路は衛生的とは言えず、ジブチ空軍や在ジブチ米軍とクリーン作戦を実施し連携を強化。
隊員がホッとくつろぐ富士山壁画の入浴施設。大浴場へのニーズはどの国際貢献の部隊でも最も高いという。 ジブチ空港を離陸するP3C 機中からのアデン湾 ジブチ港で給油するアメリカの艦船。海上自衛隊も約1300キロのレーンを300回以上護衛している。
訓示では、「皆さんがアフリカで日本国家を体現している。日本の存在は高まっている」と述べ、ねぎらいと感謝の言葉とさせていただいた。 日本の後押しで出来たジブチの学校があるが、名称は”フクザワ”学校。最貧国の一つであるジブチでは学校に行くことがなかなかできない。 同校にて飛び入り挨拶。停泊中の自衛隊護衛艦に招かれたこともあり、日本の存在は、たいへん歓迎されている。 ジブチ首相と。自衛隊の活動への協力と支援をお願いした。


2011/12/12 
アフリカ視察報告。南スーダン編

民主党政権として初のPKOとなる南スーダンへの自衛隊派遣を前に南スーダンに行き、国連関係者や現地政府要人と会ってまいりました。東日本大震災という逆境にあっても、冷静で秩序正しい日本人に賞賛の声があがっており、7月に建国したばかりの南スーダン国の基礎づくりに日本の関与が強く求められており、日の丸をしょった自衛隊員は必ずやアフリカの地における日本の存在を高めてくれます。

南スーダンの首都・ジュバ空港。この隣に国連のUNMISS宿営地がある。夜間離着陸の設備が貧弱。 我々とは関係ないが空港で誰かを迎えに来た現地の歓迎の踊り。 自衛隊を待つ宿営予定地。一次隊はコンテナハウス造りからの活動となる。暑さと土ぼこりとの過酷な戦いとなりそうだ すでに活動中の自衛官から現地の実情をヒアリング。
ナイル川から直接取水するタンク車。この水が宿営地にデリバリーされているが浄水が課題。日本の中古車が利用されている。 バングラディッシュ軍が担当する医務室。 バングラディッシュが撤退すると医薬品も器材も撤収するとのこと、日本から持参する医療器材を高度化させることが必要となる。 国連の副特別代表と。私が着ているのは防衛省の防災服。
自衛隊を指揮するナイジェリアのオビ中将 後ろのコンテナハウスが国連のオフィス。トイレやシャワーなど快適とは言えず、ただただ敬意を表する。 海上自衛隊から内閣府に出向し、活動している連絡調整員。インターネットのインフラは整っていた。 司令部要員が活動しているジュバ3
現在、建設中のジュバ3 ジュバ3として建設中の国連の新たなサイトの隣にはこのような集落に人々が住んでいる。国連による雇用と職業訓練への期待も高い。・ 南北スーダン問題を担当する内閣府担当大臣と。世界で一番身長の高い民族出身。推定190センチ。 宿泊地のホテルで自衛隊員と。国連の存在でホテルやレストランなど特需が起きて活気があった。
南スーダンの国防副大臣からは施設整備のみならず武装解除や職業訓練支援などを求められ、共同で
地元マスコミのインタビューに答える。
御殿場駒門駐屯地から派遣された中村1佐をうなぎパイで激励する。 南スーダンはにほんの1・7倍の国土面積があるものの舗装道路は僅か70キロ。自衛隊にはインフラ整備が求められている。
JICAが手がけるナイル川の港湾設備。 南スーダン北部から引き上げた人々が持ち帰った積荷が港に山積み。この横には戦車が2台置いてあった。 日本の支援で出来た橋。アフリカ各地で中国が圧倒的な存在感をしめすだけに自衛隊の実績にはし、っかり日の丸を刻む必要がある。







2011/11/23 福島視察

 自衛隊による除染活動が期待されている福島第一原発から20キロ圏内の楢葉町、富岡町役場に行ってまいりました。
 富岡町役場では、高い放射線量が検出されており、作業にあある場合にはこうした現状をしっかり受け止める必要があります。

 また、Jビレッジにて活動中の自衛隊の方々と現状について意見交換をしました。





2011/11/1 10/24南鳥島視察

南鳥島は我が領土の最東端。周囲6キロの小さな島であるが”国境警備隊”として海上自衛隊が気象庁、国土交通省とともに所在している。

南鳥島の全景。 食材は厚木基地から運ばれてくる。 南鳥島には15名の自衛官が国境を守る。 かつては海上保安庁が管理をしていた。
まさに絶海の孤島。
戦前、戦中のなごりがそのまま。 旧島民に慰霊。 南鳥島には週一便の定期便が。




2011/11/1 10/24硫黄島視察

この島に12000の御柱が今も眠る。 2400mの滑走路。 週に3便、本土から定期便。US−2. 350人の隊員のための水は雨水を浄化。
小笠原への急患輸送も行う。 名前のごとく硫黄があちこち噴出す。 地元三嶋大社のお札を奉納。
硫黄によって変色してしまうため、
隊員が連日みがいている。
御柱をまつる御堂。 隆起の影響で、このように反る。
熾烈な上陸攻防が展開された海岸。 1ヶ月で24cmも隆起。茶色が新領土。 米軍が星条旗を立てた碑。 週に2回だけオープンする売店。



2011/10/31 静岡新聞に、硫黄島視察に関する記事が掲載されました。



2011/10/4 海賊対処部隊出国


昨日、海上自衛隊鹿屋基地において行われた第8次海賊対処部隊の出国式典に参加した。

海賊対処で活動する隊員の姿を通して世界中が日本人を見、隊員の姿を見て世界中が日本に信頼を寄せる、
みなさんひとりひとりが日本そのもの、最終責任は政治側にあるので、
みなさんは堂々と日本の正義を果たしてきてください、と挨拶しました。

海賊の温床であるソマリアは立法府も司法も不完全な法の支配が確立していない国、
隊員の無事帰国のため最善を尽くすことを約束した。

地域の方々が多数参加して行われた出国式典。 あいにくの雨のため格納庫内で挙行されました。 ジブチの気温は50度という。ひとりひとりを拍手で。
ジブチ到着へは3日がかり。隊員が乗るP3C。 鹿屋基地指令らとともにジブチへ飛び立つ隊員を 送りました。BGMは情熱大陸。 派遣される隊員のご家族にねぎらいの言葉を
かけさせて頂きました。
鹿屋基地へは往復、厚木基地から哨戒機P3Cにて移動。副大臣旗に見送られお礼の挨拶。
基地に隣接する鹿屋の史料館。復元されたゼロ戦。 鹿屋基地からは昭和20年3月から900名を超える特攻兵士が飛び立った。特攻兵士像に花を手向ける。 殉職された方々の碑にて。 東郷平八郎元帥の書。皇国の興廃この一戦に在り。







2011/8/1 厚労委員会視察報告

昨日、厚生労働委員会として福島県内4箇所を視察。

早朝の新幹線で郡山に着き、福島県農業総合センターで農産物などの放射線量量検査の模様を目の当たりにし、
市保育所では表土除去と幼児のストレスなどを担当者から聞いた。

農産物は細かくみじん切りにして30分ほどかけてセシウムなどの量を検出、いずれも安全基準だが、
正確に対外にどう伝えるかが課題。
手作業で裁断する人たちは避難してきた方々の緊急雇用対策でもあるという。

また保育所では除去で効果が見られるものの、父兄の心配を考慮して屋外では一切遊ばせておらず、
併せて園児たちが地震の揺れによるストレスをいまだ抱えているとの事。

午後は原発作業に当たっている作業員のセンターであるJビレッジへ。
ここでは1日3000人の人間が出入りしており、
救急医療センターや被爆量の線量検査の模様や山積みとなっている低レベル廃棄物の今後の処理を話し合った。

線量を測定。 サンプルは手作業で。 検査器。
検査器。 足元に除去表土が埋められている。 除去された園の庭。 除染中。
屋内練習場に山積みされた廃棄物。 Jビレッジの医療センター。



2011/7/21
 社会保険病院存続


 社会保険病院存続が決まり、存続を求めて運動されてきた利用者の代表の皆さんや立地自治体の市長さんたちが御礼に来られました。政権交代の成果と自負しております。






2011/7/20 パキスタン大使公邸訪問


 パキスタン大使公邸にてジャドマニ駐日大使と意見交換。菊田真紀子外務大臣政務官からのお誘いで稲富衆院議員、林参院議員と南麻布の大使公邸でパキスタン料理をごちそうになりながらビルゲイツ財団と日本ODAによるポリオワクチン投与やビンラディン殺害後の米国との関係など活発に話せた。




2011/7/9 沖縄視察


 週末、超党派の議員連盟「新世紀の安全保障を考える会」で
名護市と宮古島に隣接する下地島の民間訓練用飛行場などを急ぎ足で視察しました。
また仲井間知事やグリーン総領事とも意見交換を行いました。

今回の参加メンバーは前原外相、榛葉・前防衛副大臣、長島・前防衛政務官、神風・衆院安保委筆頭理事、
自民党からは中谷・元防衛庁長官、今津・元防衛副長官、公明党の佐藤茂樹安保委理事。

議員連盟は10年ほど前に立ち上がり、90名ほどが登録しており、野党であった当時から、
「外交、安全保障」は欧米がそうであるように政権交替しても大きくぶれてはいけない、
と共通のテーマに取り組んできました。

名護市では普天間移設の容認派の市議、経済人と、宮古島では管制塔のオペレーションの模様を。
仲井間知事からはオスプレイ配備への懸念から沖縄県は25項目の質問を国に提出しており、
真摯に回答することを約束しました。

官房長官が兼務している沖縄担当大臣を専属にするためには、
大臣はじめ三役を増やすための内閣法改正の成立、
頻繁に沖縄県と意見交換し情報共有をすることが改めて必要と痛感しました。


名護市議の皆さんと。 宮古島にて、参加メンバーと。 7kmをこえる大橋が25年に完成。 下地島空港 管制塔より。
オペレーションルーム。 ”軍事利用”反対と。 グリーン総領事と。 日ハムの練習グラウンド。






2011/6/7 第7回 「カフェ・デモクラッツ」


 民主党国際局による主催で、日本に駐在する各国の外交官を招き、「カフェ・デモクラッツ」が開催されました。

 今回の大震災で、各国から寄せられた支援に感謝、
 落ち着いたら国家議員が手分けしてお礼に回ならければいけない、と伝えました。





 今回の災害から教訓を得るためにも、情報通信技術を活用した災害支援のニーズマッチングや、
 党ボランティア室での活動から得られた課題を世界に伝えていきたいと報告しました。

 また、現在超党派で「病院船」の建造に向けて取り組んでいる現状を説明し、海外の支援を含め、
 災害時の協力態勢を求めました。











2011/5/14 地元活動


 週末は地元で各種式典に参加しました。

 5月14日に重度心身障害施設の「ミルキーウェイ」の竣工式に。運営主体の輝望会の後援会長として祝辞を述べました。

また15日は市身体障害者会の総会で
「節電を呼びかけますが、猛暑で命に関わるようなこともあります。
私ら若いもんは海でも川でも飛び込んで涼を得られますので、皆さまは我慢しないで下さい」と挨拶。

午後には郷土の偉人、江原素六(麻布学園の創始者であり、政治家)先生の顕彰会に出席しました。
久々にお会いする地元の皆様もいて、ご無沙汰をお詫びいたしました。

ミルキーウェイ竣工式。 ミルキーウェイ竣工式。(その2) 身体障害者福祉大会。 江原素六先生顕彰会 記念祭。
江原素六先生顕彰会(その2)。






2011/5/6 被災地訪問(女川町)


 6日は衆院厚生労働委員会で女川町立病院と仙台市内の特別養護施設へ。

 女川町立病院は海面から16メートルの高台にあるものの一階が津波におそわれた。

 医師たちは今も診療に全力を挙げ、復興にむけ励ましあっている。
 写真を撮った病院駐車場から海まではかなりの距離だが、すさまじいスピードで上がってきたという。

 隣の石巻市では数年前に沿岸部から日赤病院が中心部に移転し、
 今回、被災診療の中心となっているが、沿岸部の市民病院は津波におそわれ機能出来なくなった。

 津波が心配されるエリアに医療機関や老人施設は造るべきでないのだろう。大きな教訓だ。

 

ビルの上の車は、病院の駐車場から流された。 町から説明を受ける。ボードは3/11のまま。
女川町立病院の1F。 水に浸かってシャットダウンするものは、
グランドレベルに置いてはいけないと事務長。
倒壊した場所まで、波が押し寄せた。



2011/5/5 被災地訪問


 5月5、6日に宮城県石巻市と女川町を訪れた。
 5日は地元の加賀県議に同行頂き、市内5カ所の避難所を訪ねて政府への要望をうかがった。

 (石巻市)どこも仮設住宅の建設を急ぐ声が多かった。
 市街地から遠いところでは物資が偏っており、買い物にも出かけられず巡回バスを望む声、
 反面で石巻市の栄養士が自衛隊に対し献立を提出し、バランスに配慮して食事が配給されているところもあり、
 同じ市内避難所で大きな差があることを痛感。

 また東洋一の広さを誇る沿岸部の水産加工集積地域も、
 幹線道路のがれき撤去は応急措置し車は通行できるものの、工場施設は被害が大きすぎていまだ手つかず。

 地盤沈下で満潮時には冠水など街復興には相当な時間がかかると思われる。
 日本全土挙げての復興を急がなければならない。

石巻市の港にて。
流された家屋が無惨に。
破壊された堤防のあと。
巨大タンクが倒れたまま。 今も船が乗り上げたまま。 津波の難を逃れたエリアでも、
膨大な廃棄物が。
善意の下着。校名入りのTシャツも。
石巻市のある公民館にて。
早急な下水復興を急がなければならない。
ボランティアが作った仮設風呂。 風呂は週に2回、
夏季に向け入浴インフラも急務。








2011/3/4 「納税通信」2011年2月28日 第3162号に、インタビュー取材を受けた記事が掲載されました。





2/9 東京新聞に、資格・検定制度の見直しへの取り組みに関する記事が掲載されました。



2/4 拉致解決院内集会

旧民社党からの支持母体、ゼンセン同盟による拉致解決に向けての集会があった。

若い組合員が集めた21万5000の署名や800万円を超えるカンパを集めるなど若手を中心に精力的に活動している。
米子市で拉致された松本京子さんが組合員だったこともあるが、
民社党、旧同盟は日本人妻里帰り問題など25年以上前から取り組むなど国家問題に毅然とした立場を取っており、
現在、拉致問題や特定失踪者に取り組んでいる人は昔の民社党関係者が多い。









1/28 静岡新聞に、竹島の日記念式典への出席に関する記事が掲載されました。





1/7 静岡新聞夕刊に、激甚災害の指定基準の見直しに関する記事が掲載されました。


  昨年9月に、台風9号による記録的な大雨のため、被害を受けた駿東郡小山町に総務副大臣として駆けつけました。
 
  これまで大規模な災害被害があった市町村に対して、基準の厳しさから政府支援が受けられないケースが多くありました。
  担当大臣に対して、基準緩和を申し入れてきましたが、
  現政権では、こうした被害に対して積極的な支援が行えるよう方針変更を図ったといえます。
  
  災害はあらゆる地域で発生する可能性があり、被害を受けた自治体だけでは対応できない事もあり得ます。
  政府のこうした対応は、国民の安心に繋がると考えています。
   
   
  




1/6 サンデー毎日の新春号に、中国胡錦濤主席にあてた年賀状が掲載されました。






12/21 週刊誌「FLASH」にサンゴ議連の記事が掲載されました。








10/16 静岡新聞に選対委員長としての記事が掲載されました。



10/7 新世紀の安全保障体制を確立する若手議員の会

超党派で外交、安全保障政策における問題意識を共有し、領域の整備体制や、国際平和協力を議論しています。
国家にとって必要な法律の整備を主導していきたい。




10/4 伊東重度障害者センター視察

伊東重度障害者センターの視察について、地元新聞に紹介されましたので掲載します。




9/6〜7 青森視察(その2)

青森市への地方視察について、追加で地元新聞に紹介されましたので掲載します。


9/6〜7 青森視察


6,7日の両日、青森県むつ市、青森市へ地方視察に行って参りました。
その模様が地元新聞に紹介されましたので掲載します。








9/1 防災の日

きょう地元伊東市で菅総理、原口総務大臣、中井防災大臣、北沢防衛大臣も参加して静岡県総合防災訓練が行われた。

わたくしも総務副大臣として参加し、様々な取り組みを体験した。
昨年夏は夏の駿河湾地震、暮れの群発地震と2度肝を冷やした。

行政機関は当然ながら伊東市内の自主防災組織、小中学生、高校生も積極的に参加して、
”来たるべき日”に備えていることに真剣さを感じた。

防災訓練場にて
土嚢作成訓練
簡易タンカ患者搬送訓練
避難所体験訓練
応急救護訓練
展示訓練
菅総理と
閉会式



8/11 毎日新聞にインタビュー記事が掲載されました。



8/4 シベリア抑留

千鳥ヶ淵にて「戦後強制抑留および引揚げに伴う死没者のための慰霊碑」が建立され、
本日午前、所管官庁の原口大臣の代理でその除幕式に出席をした。

極寒の地でソ連によって強制労働させられ、
祖国への望郷の念かなわず命を落とした先人達によっていまの我が国の平和と繁栄はある。

ともすればアジアの主張ばかりを受け入れて自虐的な我が国の歴史観であるが、
罪なき人々が戦勝国にいかなる目にあってきたか、私達はしっかり学ばなければいけない。

シベリア抑留から生き延びた方々の平均年齢は88歳、長い道のりにきょうで一区切りがついたのだろうか。
この時期だけのレクイエムにしてはならない。




6/19 佐渡島視察

離島振興視察のため、先週土曜日、新潟県佐渡市へ。
新潟市内からは高速船ジェットホイルで約50分のため日帰り。
以前から地元の鷲尾英一郎議員から民主党離島振興議連とともにぜひ、
と言われていたがタイミングあわず単独での訪問となった。

輸送費のコストがかさみ本土よりもガソリン代が20円高い現状、
医師確保の難しさや雇用問題など市長さんを始め市内関係者から現状を聞く。
朱鷺(トキ)の保護センターや日本の近代産業の礎となった金山跡地(世界遺産候補)では、
丁寧なガイドさんの説明には強い郷土愛が溢れていた。
ご当地グルメとして売り出しを計画している「ブリカツ丼」はシンプルながら美味だった。
米粉で揚げているのでもたれない。

国内で離島に住む方々は約40万人、日本人の300分の1であるが、
離島ならではの困難や課題をいつも受け止め、
反面でふるさとに残りながら郷土興しに取り組んでいる住民の思いに心打たれる。

これからの施策に取り込んでいきたい。

両津漁港石油タンク
佐渡空港 トキの森公園 佐渡市役所で意見交換。
ジェンキンス氏と面会。 ブリカツ丼 佐渡金山(1)宗太郎坑〔江戸時代〕 佐渡金山(2)道遊坑〔近代〕








6/17 愛Bリーグ


昨日、ご当地B旧グルメおこしの連合体である社団法人愛B(あいびー)リーグの事務所を訪ねた。
富士宮焼きそば学会の渡辺英彦会長には時間を割いていただき、様々に意見交換させていただいた。
その地で古くから親しまれてきた食文化はまさに”地域の資源”であり、地方興しの原動である創富力の代表的なツール。

いただいた資料にあった「食のまちおこしの落とし穴」には
1)食が先ではなく、まちおこしが先・・まちおこしに懸命に取り組む人がいたから焼きそばという素材に出会い、ブレイクした。
2)飲食店が中心になってやってはいけない・・販売促進のキャンペーンでは住民の協力は得られない。
3)創るのではなく、まず探す・・創ったものの平均寿命は3年。地元で当たり前のものがもっともよい資源。
4)観光客をターゲットにしてはいけない・・地元の人に見直させ、周辺の人に知ってもらうのがメイン。

発信者が日常の客になる地元を意識するかが大事。
と経験からのセオリーが書かれていた。
地域活性化の参考にさせていただきたい。

役所があまりからむと面白みのない既製のものになってしまわぬか、悩ましいところであるが、
B級グルメファンとして全国の個性豊かな食文化とご当地食材の推進と拡大のため、距離感を保ちながら応援していきたい。











6/10 伊豆縦貫道建設促進期成同盟会と意見交換






6/10 口蹄疫対策本部にて





6/10 総務副大臣再任の記念撮影





2010/5/23〜30  地元活動について


5/23 沼津市身体障害者福祉大会




5/29 ボーイスカウト全国大会 於ツインメッセ静岡




5/30 民主党熱海支部主催 分権型要望陳情説明会





2010/5/27  アイスバー


1ヶ月前に泊まったスウェーデンのホテル「ノルディック」の1階に”アイスバー”なるものがあった。
カウンターやイスが氷でできており、中はマイナス15度ほどに保たれてる。
寒さしかない国だけに氷の世界にこだわったとかで、さらに北に行った街には「アイスホテル」があって氷の上で寝るとか。

カクテル一杯付きで3000円ほどで、時差ぼけの眠気覚ましに随行者と入ってみた(もちろん自腹)。
入り口でフード付き防寒着を借りて中へ、それぞれ飲み物を頼むのだが、寒くて常駐してられないのか、そもそも店員がおらん。

すさまじい冷気の中に立ちすくんでいると、がやがやと次のグループがやってきて、
客の数がそこそこになったところで店員がカウンターに現れ、オーダーを聞く。
氷をくりぬいたグラスにカクテルが注がれ手渡されるが、そもそも寒すぎて、何飲んでるのかようわからん。
ひょっとしたらほかの客のものかもしらんが、まあいいや。
氷のイスに腰掛けたが、1分も座ったら痔が悪化しそうだ。
ともあれ写真だけ撮って、15分もいたら、とっとと出る。店にしてみればムチャクチャ回転がよくぼろ儲けでは。

出口で記念のグッズについ触手を伸ばす。まあ北欧まできた記念だ。トランプ一組み。
結構な値段。そこにあったパンフレットもついでに記念に。
へー、他の国にもあるんだ、ん、東京店?え、銀座8丁目?そこにもあんの?
随行員いわく、もともと日本の「かまくら」をヒントにしたとか。
日本で誰もやってないのでスエーデンでやったら大当たりしたとか。なんだそれ、早く言ってよ。





2010/5/14  JAM静岡議員会議

参院会館内にてJAM静岡議員会議の皆様に
地域主権と道州制、市町村合併をテーマに講演・意見交換しました。








2010/5/14  春の褒章伝達式


春の褒章伝達式(赤坂プリンスホテル)にて原口大臣に代わり叙勲を伝達しました。








2010/5/13  九州市長会

九州市長会にて講演(於佐賀県・嬉野温泉)しました。テーマは『鳩山政権の地域主権戦略』。

   






2010/5/3  海外視察報告@

 オーストリア視察に関して、オーストリア政府からプレスニュースが公表されましたので、ご報告します。







































2010/3/20〜22  九州出張

先週末は離島、僻地医療の実情視察のために鹿児島県へ。
1ヶ月ほど前に自治医大を訪ねて離島診療を経験した医師と意見交換したので、奄美大島を訪ねた。
また日赤鹿児島病院では悪石島の住民ともテレビ電話で会話をした。

特に奄美では中心部の名瀬から50キロも南へ行った最南端の診療所を訪ね、ドクターからヒアリング。
奄美の瀬戸内町は「日本で唯一、町の中に海峡がある」といい、
海峡の向こう加計呂麻(かけろま)島へ4日間かけて全集落を診療車で回る話などを聞いた。
若き医師が使命感のもと住民の安心のよりどころとなっている姿には心打たれる。
聞けば、母方の祖母が離島でひとり亡くなったことが医師を志したきっかけだったという。

昨年までは「自分の残された医師人生を僻地診療に捧げたい」という
大学病院を定年したベテランドクターもいたという(今は沖縄の離島に行ったそうだ)。
医師不足、医師偏在が言われる中でベテランの医師に呼びかけたらどうだろうか、とヒントをもらった。

医師の養成には時間がかかるだけに、
大学病院や公立病院で定年を迎える先生に「あなたを必要としている島があります」
と呼びかけたら男気に感じる医師達がたくさん呼応してくれるような気がする。

自治医大の一期生が定年をそろそろ迎えるのだそうだ。
かつて私も夢見た”あかひげ先生”を総務省が後押しできるように検討したい。

3/20 奄美大島へき地診療所
3/20 診療所の巡回診察車 3/20 瀬戸内町役場にて 3/20 せとうち海の駅構内
3/20 マングローブパーク
3/20 鹿児島赤十字病院視察 3/21 鹿児島の農家視察@ 3/21 鹿児島の農家視察A



2010/3/5  最近の活動写真(2/20〜3/4)

2/20 鳩山総理と三鷹四小視察@
2/20 鳩山総理と三鷹四小視察A 2/20 鳩山総理と三鷹四小視察B 2/25 市民公益税制について
鳩山総理に説明
2/28 チリ沖地震津波対策本部の様子@ 2/28 チリ沖地震津波対策本部の様子A 2/28 チリ沖地震津波対策本部の様子B 3/2 新しい公共円卓会議に出席





2010/1/15  1月14日、定住自立圏に関する青森県八戸視察に関して、地元紙から取材を受けた記事が掲載されました。




2010/2/8  週刊税務通信に、記事が掲載されました。





2010/2/2  NVNの皆さんと

きょう午前、地元沼津を中心に活動している防災NPO「NVN」の稲木さん、石川さん、渡辺さんの役員3名が
総務省・副大臣室にお見えになりました。

阪神大震災をきっかけに地震県・静岡県でも災害時の備えや救援コーディネートをすべく組織され,
1600人の会員を擁する(私もその1人)。

総務省2階の消防庁本部も視察していただき、大規模災害時の国の対応などを視察してもらった。
まさに私たちが唱える”新しい公共”の先駆者で、義捐金を渡すべく広尾のハイチ大使館に行かれた。

長くしっかりとした足取りで地道に活動を広げている実績には頭が下がるばかりです。



2010/2/2  市民公益PT始まる

 税調で四月まで結論を出す市民公益税制のプロジェクトチームの第一回会合をきょう開いた。
私が座長を務める。

 NPOを公共サービスの担い手として税制面から支援することが目的で、
なぜ我が国で”寄付文化”が根付かなかったかの反省を込めて、週1ペースで税制面から取り組んでいく。

 インターネットで広くアイデアも募集する。





2010/1/26  都議補選の応援で八丈島へ

1月24日、都議補選の応援で、松原仁先生の地元である八丈島に向かいました。
残念ながら応援した候補は当選できませんでしたが、総務省が管轄である離島振興について、
実際の状況を確認する機会となりました。


2010/1/25  最近の活動写真(1/9〜1/21)

1/9 宮崎市視察@

生目台ふれあいルームにて(その1)
1/9 宮崎市視察A

生目台ふれあいルームにて(その2)
1/9 宮崎市視察B

アオキ地区成人式に出席
1/9 宮崎市視察C

大塚台里山保全の状況視察。
1/9 宮崎市視察D

アオキ地区協議会で意見交換。
1/17 阪神淡路大震災追悼式典に出席。 1/18 平成22年第一回政府税制調査会。 1/21 全国知事会に出席



2010/1/17  震災15年

昨日、神戸市内での阪神淡路大震災追悼式に出席して参りました。
1・17は6500人もの尊い命が突然に失われた悲しい日です。絶対に風化させてはなりません。
当時16歳の息子さんを失ったお父さんが遺族代表として挨拶されましたが、
この方の”その後”が,式典前にホテルでつけたテレビでドキュメンタリーとして放送されていました。

下敷きになったわが息子を助けようとして、懸命に引っ張ったが、温かかった足がだんだん冷たくなってきて・・・、
と話す情景には涙がこみあげて来ました。
親や子供、親族を一瞬にして失った喪失感は、どんなにインフラが復興しても埋められることはありません。
せめて、いま生きている私たちは亡くなった方の無念の思いを受け止めて、
恥ずかしくない世の中を作らなければいけないとあらためて心に刻みました。

今日から始まる国会では21年度補正予算と22年度予算が審議されます。
この中に公共事業として「電柱地中化」が盛り込まれていますが、私がかねてから主張してきたことでした。
幹線道路に林立する電柱が地震や台風でなぎ倒されれば、交通は完全に遮断され、
逃げ場は失い、緊急自動車は到着できません。
神戸ではもっと救えた命があったはずです。
天災は忘れたころにやってくる・・だからこそ防災対策である電柱地中化は急がねばなりません。




2010/1/7  最近の活動写真(12/28〜1/6)

■東京消防出初式(inビッグサイト)

原口大臣の祝辞を代読。 会場に集まった隊員の方々。 消防部隊の検閲。 はしごのり

■NHK放送センター視察

大河ドラマ制作現場。 国際放送スタジオにて。 番組送出施設の見学。
龍馬伝」の広報ポスター。


2010/1/1  平成22年 年賀元旦配達出発式(沼津支局)に出席しました。





2009/12/28  日本経済新聞から取材を受けた記事が掲載されました。







2009/12/24  旭川へ遠隔診断視察。


税制調査会が一区切りついたのを待って、かねてから関心のあった遠隔診断視察のため北海道・旭川医科大学へ。

総務省が所管するICTと医療の融合によって遠く離れた診療所でも旭川医科大の専門医の診断を受けることができる。
過疎化と医師の偏在は全国どこでも大きな課題となっているだけに先進事例の成功は大きな励みとなった。

世界で最初となる’94年10月に同医大の遠隔診断は始まったが、画像伝達技術の進歩によって高臨場感を持って、
手術のアドバイスも現在は可能となった。
日本で唯一の遠隔医療センターを併設し、北海道内はもとより国内47施設と国外4カ国を結んで実用化されている。
眼科医でもある吉田晃敏学長の熱のこもった2時間半に及ぶ説明のほか、
150キロ離れた芽室町立病院の医師とも回線を通して対話することができた。

ひとりで診療している医師にしてみれば、専門分野以外でアドバイスを受けられることが心強い、という。
利用した患者のアンケートでは、遠く離れていても専門医の診断を受けることができ、
なにより移動する時間と体力、経済的なダメージが少ないのがいい、と高い支持。

現在は在宅診断や個人カルテカードのシステムを構築中で、精力的な取り組みに必死でメモを取った。
来年度総務省予算では環境や教育と同様に医療へのICT利活用を決定している。
先端を行く情報技術が自分たちの暮らしや生活向上にどう寄与するか、実現したい。






2009/12/22  静岡新聞から取材を受けた記事が掲載されました。



2009/12/3  総務省の省内報に、幹部紹介としてインタビュー記事が掲載されました。





2009/11/30  経済同友会月刊誌に、全体会議での地域主権に向けた講演内容が掲載されました。







2009/11/30  消防の動き 12月号に福田沙紀さんに対する感謝状授与式の模様が掲載されました。


2009/11/20  衆議院 総務委員会にて答弁。

皆吉委員の質問を受け、答弁にたつ。 総務委員会の風景。




2009/11/18  朝日新聞に、夕張市財政再建について取材を受けた記事が掲載されました。





2009/11/13  今週の活動写真(11/9〜11/13)

夕張市から、財政再建に向けた
市民アンケートを受け取る。
夕張市との打ち合せ風景。 政府税調 企画委員会(その1)。 政府税調 企画委員会(その2)
秋の叙勲。 勲章伝達式にて。 地元首長と伊豆縦貫道について意見交換。
雑誌「ぎょうせい」の座談会。
大臣室での座談会風景。 第3回総務省政策会議。
参議院 講堂にて。





2009/11/9  隠岐の島視察。


昨日8日、島根県隠岐の島に視察に行ってきました。
総務省が所管する過疎法が今年度で切れることもあり、
また日本航空再建本部の副本部長として隠岐の島はJALのみが就航していることなどから足を運んだ。
朝9時出発前の出雲空港で県から隠岐の島からの空路利用には通院など離島の特殊事情があることを聞く。
また所要1時間の高速船は11月半ばから2月いっぱいまで天候理由で運休するといい、生活路線の必要性を重く受け止める。


地元選出の小室寿明衆院議員、角智子県議、門脇誠三県議も同行いただき、最初は島北部の久見特産。
漁協の隣接地の遊休工場を利用して地元の74歳の女性社長を筆頭に10人の女性が出資してイカすみせんべいやカワハギのミリン干し、
規格外の材料を加工し、製造販売は販売している。
元気な女性パワーに活力を感じた。


次に訪れたのが今年作られたコールセンターCTU。3年間で57人を新規雇用の予定という。離島にあって雇用は最大の課題。
公共事業削減の中、均一のサービスが出来るコールセンターは大きな可能性。島外ヘの営業コストがかかるのがネックという。


国重要文化財の佐々木家住宅(1836年建設)で昼食をとり、最後に訪れたのは農外参入のモデルとして、
原木シイタケづくりに取り組んでいる吉崎工務店。
東京の紀伊国屋、関西のイカリスーパーといった舌も目も肥えてる名門に納入している。
販路開拓には島根県の地域ブランド室の後押しが大きかったという。私の地元もそうだが、
素晴らしい素材があっても、企画力や販売力が弱い。
行政の信用力で大手消費地とパイプをつくることが大事だ。
半日の滞在であったが、頑張る島の取り組みに胸打たれることが多く、活性化のヒントとなる実例をいただけた。


島根県から離島路線の現状をヒアリング。 隠岐空港。 機内からの風景。 隠岐の島の一風景
ジェット便就航を想定して滑走路延長したもののいまだプロペラ機のみ。
搭乗率アップを呼びかける。
久見特産(水産物加工場)。 久見特産(水産物加工場)。
ソバがきやセンベイなど島内外のみやげ物店などにおろし年商2000万円とか。 コールセンターCTU。 玉若酢命神社 推定樹齢2000年の八百杉
佐々木家住宅。 松田町長、小室議員、門脇県議と。 建設会社の椎茸栽培 説明の後、生でしいたけを頂きました。”しいたけくささ”がなく美味でした。




2009/11/4  国民的美少女と。

  

女優の福田沙紀さんがイメージガールをつとめた全国火災予防運動の感謝状の贈呈式が総務省地下で行われた。
出身地が”火の国”熊本で、9月には映画”火天の城”で西田敏行さんの娘役を演じている。”火”に縁があったから選ばれたのかどうか
定かではないが、コメントを求められた私は「男性ファンのハートにはどんど火をつけてください」とベタなコメントをしておきました。

我ながらつまんないコメントだなあ、、。





2009/10/20  第2回「総務省政策会議」開催。

 



総務省内の講堂にて、「第2回総務省政策会議」を開催しました。
議題は、「平成21年度補正予算の見直し及び平成22年度予算概算要求」
「一般職・特別職職員の給与を改正する法律案」の2項目です。


【次第】

冒頭に、地方交付税の増額要請の経緯や、予算要求についての政府の取り組み状況と方針を説明し、
政策会議の場を通じて、出席議員からのご意見を頂戴しました。

基本的な考えは、「地方が自由に使えるお金を増やし、自治体が地域のニーズに適切に応えられるようにする」


【説明内容】

平成21年度予算については、必要性・緊急性・効率性の観点から、ハコもの等への補助金については可能な限り削減し、
総務省予算総額3955億円のうち、約1175億円を執行停止。

また、22年度予算概算要求については、地方交付税を除いた総務省の一般歳出は1兆1597億円。
このうち、恩給費6971億円、国政調査費(10年に1度調査)は682億円。
その他経費は190億円減額の3944億円。

原口大臣が中心となり、新規事業についての予算を計上。
@「緑の分権改革」の推進。
   森林等の自然環境・地域の特産物・エネルギーを活用し、地域振興を図る調査事業。
A「ICT(情報通信技術)を使ったグリーンニューディール・ヒューマンニューディール」
   環境・教育の分野において、ICT利用を促進し、最先端技術の開発や普及を積極的に行う。





2009/10/16  新聞各紙に、15日に財政再建中の夕張視察に関する記事が掲載されました。




2009/10/13  第1回「総務省政策会議」開催。

 



衆議院第2議員会館の会議室にて、総務省として初めての「政策会議」を開催しました。
議題は、「平成21年度補正予算の見直し及び平成22年度予算概算要求」「税制調査会」の2項目です。


【次第】

冒頭に、原口総務大臣から、地域主権改革や郵政改革について、政府の取り組み状況と方針の説明があり、
政策会議の場を通じて、広く与党議員からの意見に耳を傾け、今後の政策に反映させていくことが確認されました。

議題については、私から説明を行い、各分野ごとの担当副大臣・政務官が質疑に答える形式をとりました。
閣議開催までの質疑については、原口総務大臣から説明をお願いしました。

【説明内容】

平成21年度予算については、必要性・緊急性・効率性の観点から、ハコもの等への補助金については可能な限り削減し、
既に事業執行の内示が決まっているものを除き、大幅な見直しを行いました。

また、22年度予算概算要求については、自公政権によって提出されていた内容をゼロベースで見直し、
民主党マニフェストに基づく方針にそって、地域主権国家への転換を図るべく取り組んでいます。

税制調査会については、鳩山総理から諮問を受けた経緯と、運営の体制について報告し、
地方の自主財源が増えるよう税制改革への方針を説明しました。


【質疑応答】

質疑応答の時間では、今後の政策決定の参考となる闊達な意見が交わされました。


質疑の内容は、大きく@地域主権 A補正予算見直しの詳細 B過疎対策 C選挙制度について。

@地域主権については、地方分権改革推進委員会の勧告を参考としながら、発展的に解消する方針が示され、
地方の出先機関や一括交付金は、地方の要望の強い部分は優先的に、それ以外の部分は段階的に取り組んでいきます。

A補正予算の見直しに関して、地元からの問い合わせが多くある点については、
ハコもの中心に事業の内容を調査し執行停止を決定しており、
地方に迷惑がかからないように十分な検討を行ったことを説明しました。


B過疎対策については、来年3月で期限を迎える「過疎地域自立促進特別措置法」について、
 議員立法として成立した過去の背景や政府・与党間の意見集約の在り方など柔軟に対応する方針であることを説明しました。
 あわせて、過疎対策として効果をあげている現場があれば、喜んで現地へ足を運んで今後の参考とさせて頂きたい旨の思いを伝え、
 出席議員の方々のお力添えをお願いしました。

Cインターネットをより活用したお金のかからない選挙への転換については、まだまだ議論は進んでいませんが、
 これまでの民主党内で検討してきた方針にそって、実現にむけて取り組む方針を説明しました。












2009/6/3  月刊「ニューリーダー」6月号に、インタビュー記事が掲載されました。



2009/6/2  「民主党拉致対策本部 役員会」開催。

 

「民主党拉致対策本部 事務局長」として、役員会に出席しました。

北朝鮮のミサイル発射や核実験をうけて、民主党として追加経済制裁を含め、断固とした態度を示していくことを確認しました。
あわせて、明日 岡田幹事長に、追加制裁案の内容について、改めて申入れることが決定されました。








2009/5/19  ベナン議連総会 「ベナンの小学生給食のための寄付・駐日大使館設立報告」

  
                                                 ゾマホンさんと駐日大使


  ベナン共和国は、西アフリカの大西洋と砂漠に挟まれた小さな国ですが、戦争も無く、政情が安定した平和な国です。
 様々な方の支援によって、駐日ベナン共和国大使館が設立されることが報告されました。
 
 たけし学校で有名な、ゾマホンさんも総会にお越しになりました。

  しかし、ベナンの国内では、まだまだ小学校さえも足りないのが現状です。 
 皆様のご協力のおかげで、「たけし小学校」をはじめ6校の小学校が、日本の支援で設立されました。
 ところが、これらの小学校には、まだ給食がありません。
 お昼の時間は、単なる「休憩時間」であり、お昼ご飯を食べられる子どもと、食べられない子どもがいます。


 ベナン議連では、ベナンの小学生のために、30万円を寄付することを決定し、多くの方に、ご支援を呼びかけることにしました
 是非、皆様の温かいお力添えをお願い致します。


 詳細は、下記のパンフレットをご覧になってください。











2009/5/7  テレビ東京「週刊ニュース新書」(毎週土曜日11:00〜)の取材を受けました。


 小沢代表の秘書逮捕から早くも2ヶ月が経ち、今後の民主党の選挙に向けた態勢について取材を受けました。
 明日5/8 11:00〜の番組内で、放送される予定です。是非、ご覧になってみてください。

 また、「出没!アド街ック天国」でキャスターを務める大江麻理子アナには、
 地元 沼津や熱海・伊豆を取り上げて頂けるよう、しっかりと要望しました。
 採用されることを願っています











2009/5/6  「拉致被害者の早期救出を求める国民大集会」で挨拶しました。


民主党拉致問題対策本部事務局長として、

昨年12月に、「ヒト・モノ・カネ」の3点から北朝鮮への追加制裁案を与党に先駆け取り纏めたことを報告し、
民主党政権になっても拉致被害者の早期救出に向けてブレない姿勢を約束しました。

大国の思惑によって拉致問題を風化させることなく、被害者全員の救出に向け全力を尽くしていきます。






2009/4/10  インターネットTV「超人大陸」の収録

   既存メディアが伝えない領域を伝えるインターネットTVとして好評を得ている「超人大陸」の収録を行いました。

   テーマは、今年から議院運営委員会理事として関わってきた衆議院の運営について、
  一般の常識からは考えにくい悪しき慣行(議長・副議長からの議運理事の就任に伴う清酒商品券が送られる)
  や国会職員に新設された手当の実態について、10分間のメッセージを届けました。
是非ご覧になってください。
  

   配信は、4月13日(月)に配信される予定です。下記のホームページからご覧になれます。
    インターネットTV「超人大陸」



               収録の風景


     返却した悪しき慣行(清酒の商品券)。(詳細は番組をご覧になってください)



2009/3/26  「政治改革勉強会」に出席。

   郷原信郎弁護士が講師に招かれ、民主・自民・公明・国民新、社民など超党派の議員が出席し政治資金規正法など、勉強しました。
   勉強会で配布された資料の一部は下記の内容です






2009/3/24〜25  大川総裁のトークライブ出演・CS朝日「国会番外地」出演


3月24日歌舞伎町の「ライブハウス」ロフトプラスワンにて大川興業主催の政治トークライブでゲストに招かれ、
政界のあれこれを大川総裁との掛け合いトークで分かりやすく楽しくお伝えしました。

  
             

左: 2500円もの入場料を払っていただいた方に私のトークで満足いただけたかどうか心配です。

中: 大川総裁は選挙とインディーズ候補のマニアで、”超一流”の政治家オタク。驚くべき知識でした。

右: この会場が一杯(約100人)でした。壁にはかつて出演した今は売れっ子芸人の写真ががびっしり。



また25日にはCS朝日「国会番外地」という番組の討論会に出演。政治とカネをテーマに自、民の議員6人で
丸いちゃぶ台を囲んであぐらをかいてのトーク。自由に話せていいなああ、とおもいきや、なんと!最終回でした。


  

左: 2時間の収録・放送で原則カットなし(台本は流れだけ、全部アドリブ

中・右: 畳にちゃぶ台、あぐらトーク。上着も取って、「和気藹々で」という番組コンセプトのようだが、テーマがテーマだけに時折エキサイトしました。





2009/3/18  民主党拉致対策本部の役員会が開催されました。飯塚 繁雄氏(拉致被害者家族会代表)を招いて、金賢姫との面談についてご説明いただきました。


冒頭、中井洽本部長から、1997年に韓国に亡命した黄長Y元朝鮮労働党書記の国会への参考人招致実現に向け、政府に働きかけていくことが決まりました。
飯塚代表からは、金賢姫との面談時のやりとりについて、詳細な報告をしていただきました。

「まずは、今回の面談に当たっての警備が非常に厳しく、会談中も情報局の立会いが入り、情報については制約されていたと思われる。
86年に、田口八重子さんが交通事故で亡くなったとされている峠は、車のほとんど通らない場所であり、運転手の情報から判断しても、
事実と異なるだろう。
今回の面談では、金氏との信頼関係を築いていくことができ、後に繋がっていくと感じている。




                                                                          





2009/3/3  週刊「Kyodo Weekly」2月23日号に、ブログの内容を引用した関連記事が掲載されました。




2009/2/19  週刊「FLASH」3月3日号に、関連記事が掲載されました。衆議院議員 働きマンランキングで、残念ながら40位でした。





2009/2/6  小沢代表来熱

6日の午前中、小沢一郎代表が熱海入り。短い時間だったが私の熱海後援会長である「山木旅館」にて、
民主党熱海支部と伊東支部の議員団らと懇談。

今日の熱海は春のような暖かさで、釣り好きで知られる小沢代表にとってはゆっくり滞在したら骨休みになったかもしれないが、
4月選挙を想定してもちろんそれは不可能なこと。

静岡県には何度も入っている代表だが、私の選挙区は初めて。本来なら、もっと大勢の人と
会っていただきたかったのだが、滞在時間が30分ほどでは無理だった。

伊東支部の皆さんと 熱海支部の皆さんと 山木旅館の前にて





2009/2/5  「読売新聞 朝刊」で民主党の国会運営についての記事が掲載されました。






2009/2/3  「女性自身」掲載された、民主党の政策に関する記事をご紹介します。




2009/2/2  26箇所その後

中川大臣の財政演説の26箇所発言訂正の件を代議士会で報告したところ、けっこう大きな話題に。

きょうになって”致命的”でない部分を除いて、3箇所訂正に「訂正」してきた。
 
中川大臣が経済産業大臣時代に、何度か東シナ海のガス田問題をやりとりし同じ認識を共有しており、
拉致問題でも
一緒にやっているだけに、べつに悪意があって指摘したわけではないのだが。
そもそもなんで26箇所も訂正しなければ
ならないか、その理由の説明が無いので、訂正承認の署名は保留している。
 
麻生内閣が緊張感を欠いて、「グダグダになっている証し」と指摘するのはたやすい。
それより問題は、
大臣のみならず、我々議員も質問するときに言葉に責任を持って質疑する。
発言の撤回や
訂正は恥ずべきことである、と認識しているかどうかだ。
 
テレビや新聞が「おわびと訂正」を出すことは、「いい加減なニュースを報じてしまいました」と同義語である。
プロとしてあってはならない不名誉なことであり、政治家となればなおさらなのだ。

(1月31日 東京新聞朝刊から抜粋)






2009/1/27  本日発売の「女性自身」で、民主党の政策に関する記事が掲載されました。
         






2009/1/15  外交ラッシュ

昨日、訪日中のロシア連邦議会のミロノフ議長ら一行とホテルニューオータニで会談。
政権交代を意識して各国の要人が民主党とも会談を求めてきている。
党も各国からの要望には積極的に応えており、民主党の外交政策を世界にアピールするまたとない機会だ。
会談の席でロシア側から今春にプーチン首相が来日する、とおおまかな意向が伝えられたが、まだ本決まりとは言えない。

その折にはディアナ号を修理し、日本初の民間外交となった沼津市戸田や下田市に来てもらえるよう働きかけたい。








2009/1/14  昨日の「自民党村田議員への懲罰動議」に関する記事が掲載されました。




2009/1/13  懲罰動議

本日の衆院予算委員会の採決の際に、村田吉隆自民党国対副委員長が委員長の許可を得ずに
持参するカメラで写真撮影を行い、委員長にカメラを没収された。

この”盗撮”的行為は抗議する民主党議員を懲罰するための証拠を残す目的と思われる。
この行為を重くみたわが党は午後1時48分に衆議院に懲罰動議提出。
その理由を党を代表して記者会見した。

村田議員は午前中には二階の記者席から撮影していたとの話もあり、
とにかく民主党をへこまそうと自民党国会対策委員会は焦ったのではないか。
給付金の迷走、先週末の世論調査による更なる麻生支持率急落、渡辺喜美氏の離党など
与党は荒れに荒れまくっているが、こうしたときはイレギュラーヒットもうまれやすい。









2009/1/6  決議案提出。

雇用と住宅の確保を求める決議案を本日、衆院に提出。提案者として事務総長室に
出向いた。国会の決議とは「立法府の意思」であり、行政に対する一定の”拘束力”となるはず。

時あたかも、麻生政権の総務政務官から「日比谷公園の派遣村に本当に職のない人間が行っているのか」と
暴言があったばかり。冷やかしで誰が年末年始の寒いところに行くものか。切実な現実があるからこそあそこに集結したのではないか。

にもかかわらず与党は一致する点もある、と言いながら、野党に手柄を立てさせまいと共同提案とならなかった。
議運で扱いは協議となるが、今後は議院運営委員会で取扱を協議することになるが、たな晒しにされる可能性が強い。













2008/11/25  月刊誌「改革者」11月号に、「ナショナルゴールを示すのは政治の責任だ」というテーマで対談記事が掲載されました。











2008/11/18  11月11日発売の週刊朝日にて、「オバマ次期大統領と同い年の政治家」としての対談が掲載されました。





2008/9/9  9月21日号の読売ウィークリーにて、「小沢内閣」の顔ぶれ予想として、政治ジャーナリストの伊藤達美氏から法務相として取り上げられました。


8/19〜8/20  衆議院安全保障委員会国内視察


視察報告(対馬、佐世保)

衆院安全保障委員会で19,20の1泊2日で長崎県対馬と佐世保市へ。対馬は韓国・プサンまで49・5キロの国境の島(ちなみに福岡県まで132キロ)。
先日、韓国退役軍人が「竹島が日本領なら対馬は韓国領だ」と市役所前で、剃髪したり血判状をしたため、騒動を起こした。ここには陸海空の自衛隊が
防備隊を置いているが海上自衛隊にいたっては対馬に一隻も艦船を持っていないという信じられない事実。
海上保安庁任せのようだ。対馬防備隊の隣は韓国資本のペンションと50人収容のリゾートホテルが席巻し、まさに隣り合わせ。
噂には聞いていたが、こんな無防備でいいのか、と一同ボー然。

隣接地は農地にするか防衛省が買い上げるかすべきだったであろう。中から防備隊を監視、情報収集することが可能だ。プサンから高速船で約2時間、週末には韓国人観光客が
押し寄せ、年間約9万人といわれる。せめて国境の街へはビザを発給すべきと思うが、そうした危機感はないのだろうか。

翌日は佐世保へ。佐世保総監部で概要説明を受けた後、イージス艦「ちょうかい」に乗艦。「こんごう」と「あしがら」も並んで停泊。SM(スタンダードミサイル)の撃墜精度など
ミサイルディフェンスの質疑を行った後、内部を重点的に視察。中央指揮室(CIC)以外は写真撮影自由。佐世保港はほどんどが米軍の管理地で、中をバスで移動中、立派な
ショッピングセンターやマクドナルドが目に付く。思いやり予算が随分使われているのだろう。ここはアメリカなのだ。ちなみに空母の寄港などは72時間前に発表されるが、
もっと早く、一ヶ月ほど前から情報キャッチするのは八百屋や肉屋などの業者。数千人単位のオーダーがあるから、空母入港が誰よりも早く分かるのだそうだ。

機内より見た対馬。 対馬空港。 来島者は日本人1万人、韓国人9万人。 陸自施設より島内を見る。
奥の民宿も韓国資本が買収。 防備隊の注意書き。 右側が韓国リゾート、左が防備隊。 韓国人の来島目的は、
釣りと百均でのショッピングとか。
郵便局もハングルの文字が。 赤が米軍管理部分。 基地内のMAC。 左から「ちょうかい」「こんごう」「あしがら」。
操舵室にて@ 操舵室にてA ここから垂直にミサイル発射。 手術室もある医務室。
昼の艦内メニュー。 基地内のスーパー。 ちょうかい正面。




6/30〜7/8  衆議院安全保障委員会海外視察


クウェート視察編

 クウェートの気温は46℃から47℃という人生初めて体験する暑さ。クウェートでは50℃を超えると仕事をやめて休まなければいけないという決まりがあるので、
本当は50℃あっても50℃に達したとは発表しないのだそうだ。とにかく溶鉱炉かボイラーの横で生活しているようなもので外に立っていれば熱風にぐったりする。

首都クウェートシティから郊外に向かって高速道路を走らせること約40分、アリ・アル・サーレム基地がある。この基地はクウェート空軍の基地で日本のほかアメリカ、
韓国が“イラク復興支援”に関わっている。現地には約80人の自衛官が活動をしており、女性隊員もいた。指令官に「イラク復興支援で何を運んでいるのか」との問いに、
「国連の物資や人を・・、あとは本省に聞いてくれ」と歯切れが悪い。どのようなオペレーションで復興支援の計画を立てているのかは我々には話さなかった。

私たちはブッシュのイラク攻撃の大義に対して疑念を持ち、「自衛隊が行くところが非戦闘地域だ」という小泉のデタラメな答弁になんの理屈も見出せず、
イラク派遣に反対した。しかし、そこで活動をしている人たちは派遣命令によって忠実に職務をこなす隊員たちであって罪はなく、
責めを負うのは派遣を決断した政治の側なのだ。

安全保障委員長による隊員への激励の挨拶。
前日には防衛副大臣も訪れていた。
自衛隊員総出によるセレモニー。 現地の自衛官から状況を聞く。
日本ではほとんど伝えられない活動実態。
緑のない砂漠の中を走る。
熱風と殺風景な土地の中に基地はある。
アリアルサレム空軍基地の入り口のモニュメント。 ’90年イラク侵攻の際に攻撃された格納庫。
リメンバー、フセインなのかそのまま使用されていた。
正確に攻撃されていた。
航空自衛隊の輸送機は空に溶け込むように
水色に塗られている。
クウェート市内中心部のホテルからシンボルのクウェートタワーを臨む。
とにかく暑いので朝5時ごろから道路工事をしていた。






6/30〜7/8  衆議院安全保障委員会海外視察


スーダン視察編〜

 6月30からの安全保障委員会の視察報告を写真を交えてさせて頂きます。順不同となりますが、あしからず。

 7月3日にクエートからカタールのドーハ経由でスーダンの首都ハルツームに到着しました。国連スーダンミッション(UNMIIS)のカジ代表と意見交換しました。

 日本の報道によれば、国連からの自衛隊PKOの要請はデータ管理と補給物資管理の2名とされていますが、現地ではエンジニアや道路整備、難民帰還支援、
保健衛生分野などやっていただきたいことがある、と言っておりました。
 来年には普通選挙が実施される予定で国政調査も既に済んでおり、選挙監視するための協力も大事でしょう。

 国連PKO拠出金17%の我が国がわずか2人の人員ではあまりにも少なすぎます。UNMIS本部にはすでに6人の日本人が働いており、データ管理程度の任務なら、
なにも自衛官でなくともよいのでは、と思います。西部ダルフールに比べてスーダン南部は05年から停戦合意がなされており、積極的に活動をすべきでしょう。
 また治安機構担当者とも会いましたが、有能な日本の警察官に幹部教育をしてほしい、あるいは鑑識技術を教えてほしい、と訴えられました。

 スーダンからの原油輸出は日本から中国にとってかわり、中国は大会議場、大統領府など目に見えるものを造っています。日本人の奥ゆかしさは美徳の一つですが、
外交については目につくように我が国も実施しなければなりません。

難民キャンプにてペットボトル1本で奪い合いに。 難民キャンプの子供たち。 難民キャンプでは
赤ん坊と家畜が一緒に寝てる。
カジUNMIS代表と。
難民キャンプの人々と意見交換。 8万人が暮らす郊外の難民キャンプ。 マーケット。 ビンラディンが建てたといわれるモスク。
スーダンの安保委員会メンバーと会談。 日本の資金で建てられた病院。 日本の旧型の救急車も貴重な存在。 市場は不衛生で、騒然としている。
スーダンには青ナイルと白ナイルと源が異なる、
2本のナイル川が合流している。
ハルツール空港の国連機。 UNMIS本部。 スーダンの難民は粗末な家に住んでいる。
UNMIS建物全景。 スーダン議会。 市場では、
ナイルのワニのハクセイが売られていた。
 スーダンの夕焼け。

















2008/5/26  共同通信社から取材を受け、共同ウィークリーの「対論 座標軸」にチベット問題への日本の対応についての提言が掲載されました。

 
 



2008/5/7  ビル・ゲイツ氏との懇談会に出席

 「日米国会議員連盟」の主催によるマイクロソフト社 ビル・ゲイツ会長を招待した懇談会に出席。















2008/4/7  FM熱海でもラジオ

毎月第一月曜日の午後5時から30分間、FM熱海で30分間生放送(原則的に)で、「渡辺周ファミリーの丸ごと民主トーク」という
タイトルで地元市議の橋本一実さん、金森和道さん、小森高正さん達とゲストも交えながら国政、市政トークを行っています。
3月までは「湯けむりほかほかトーク」という番組で同じ時間帯にオンエアしていたのですが、「ほかほかトーク」との癒し系タイトルとはかけ離れて、
オープニング曲は「西部警察」、税金の無駄遣いなどの時事ネタを厳しく訴えるコンセプトで、名称変更に踏み切りました。
ちなみに今回のオープニング曲は宇宙船艦ヤマトで、初めて聞く人は、何事がはじまるのか、と驚かれるでしょう。
 

聞こえるエリアは熱海市内と神奈川県湯河原地区ですが、その日、たまたま偶然にお近くに来た折には
(そんなことめったにねーって)FM79.6MHzに合わせて聞いてみてください。




2008/4/3  日米地位協定に関する改定案を外務大臣へ申入れ

今日は、先にまとまった野党3党による日米地位協定の改定案を外務大臣、内閣官房長官に手渡す。
夕方からは昨日の外務委員会での質疑(米軍への思いやり予算)の後追い取材で日本テレビ「ズームインスーパー」のインタビュー(あす午前
658分〜)。
思いやり予算ではバナナボートやケーキ職人までも日本の税金。
その人たちに罪はないが、やはり娯楽、余暇の負担は米側がするべきである、と繰り返しカメラの前で訴えた。


      
      外務省 応接室にて(その1)                    外務省 応接室にて(その2)






2008/3/27  地位協定野党3党合意

野党3党で地位協定の改定案をまとめる。不平等条約であり、占領体制の残滓ともいうべき、地位協定の改定案をまとめることが出来た。詳しくはこちらへ



2008/3/17  沼津駅南口 再開発ビル『イーラde』竣工式に出席

式典にて
外観



2008/3/6  イルカモニュメント


きょうは地元の水族館・三津(みと)シーパラダイスの開業30年を祝って地元の秋山機器の秋山社長がイルカのモニュメントを寄贈したと言うことで、その除幕式に呼ばれる。

シーパラダイスの前身は昭和5年から水族館としてすでに存在し、イルカの飼育、調教では日本最古という。

近くにある沼津市西浦の”らららサンビーチ”では海水浴シーズン以外の活用法を模索しており、かつて興味を持った「ドルフィンセラピー」を出来ないか、シーパラダイスの社長らと意見交換をした。

水温への適合などまだまだ検討をする余地が大いにあるが、イルカの調教最古の街として、イルカで地域の活性化の可能性を膨らませてみたい。




2008/2/21 地位協定申し入れ


今日、鳩山民主党幹事長、亀井国民新党幹事長の連名で外務大臣、官房長官に日米地位協定の改訂などを申し入れ。我が党からは私も鉢呂NC外務担当とともに、同席。

特に沖縄であまりにも米兵の不祥事が続く現状から、地位協定そのものの改訂に、一刻も早く着手すべきで、それまでの間、可能な限りの運用の改善を求めた。

私も、発言を求め、沖縄と東京の「温度差」に言及。是非、沖縄の人の気持ちになって対応して欲しい旨を要望した。

私たちの申し入れについて、高村外務大臣はそれでも一定の肯定的な反応もあったが、町村官房長官は否定的な反応だった。

運用の改善は、あくまでも緊急避難的な措置であり、協定本文の改訂こそが重要だ。

私たちとしては国民新党と共同で地位協定の改定案をまとめ、ぶつけたい。



続発する米兵による事件事故の再発防止の緊急対策に関する申し入れ(要旨)

・日米地位協定の抜本的な改定に着手すること
・教育プログラムを日米共同で作成、実行し、効果度のチェックも行うこと
・政府と自治体は、基地外の米軍兵士や家族の住居等の把握を行い、基地外に住む米軍人や、米軍兵士の住居と隣接する住民の相談窓口を作ること
・県警・自治体・米軍制服(MPでない逮捕県のない兵士)による三者共同パトロールを行うこと
・日米地位協定の運用改善を行い、第17条第5項における凶悪な犯罪の対象に「未成年への強制わいせつ」、「危険運転致死傷」、「放火」を追加すること






2008/2/18  河津桜

未だ三分咲き。これから満開になります。是非、来てください。


2008/1/29 国会の合間をぬって、治安出動に係る陸上自衛隊第1師団と静岡・神奈川・山梨各県警察との共同実働訓練を視察。治安出動発令時に警察車両が自衛隊車両を先導しながら行動するという内容。



2008/1/22 産経新聞に、渡辺が理事を務める「国家基本問題研究会」が紹介されました。理事長の櫻井よし子先生には勉強会の講師をしていただいたり、日頃よりお世話になっています。


2008/12/7発売 大下英治著『福田vs.小沢大連立の乱!』(徳間文庫)に取り上げられました。



12/4 週刊プレイボーイ誌の企画で、防衛装備品調達のヤミについて議論しました。

大川総裁、ジャーナリストの清谷真一氏とともに





11/27 沼津港水産複合施設 沼津魚市場「イーノ」竣工式に出席。

沼津港には年間92万人の観光客が訪れ、テレビ等でも紹介されています。今回の施設は、魚市場としての機能だけでなく、展望デッキや食堂も完備しています。是非お立ち寄り下さい。



11/9  11月12日発売の『別冊 正論』に鼎談が掲載されました。


11/8  『FLASH』誌上の「国会 働きマン ランキング」で全衆議院議員480人中、35位にランクインしました。これからもがんばります。


10/20  日刊ゲンダイに、渡辺周のコメントが紹介されました。


10/4  雑誌「別冊 正論」の企画した歴史問題についての鼎談に出席しました。

平沼赳夫議員を中心に、自民党の稲田朋美議員と。この模様を収めた「別冊 正論」は11月中にも発売されるとのことです。



9/22 発売の「週刊プレイボーイ」で取り上げられました


9/14 テレビ朝日、「スーパーJチャンネル」から「北朝鮮拉致・核問題と日本外交の行方」という特集でインタビュー取材を受けました。17日17時35分ごろから放送予定です。


9/3 平成19年度 伊豆縦貫自動車道建設促進期成同盟会 総会


8/18〜24  衆議院拉致問題特別委員開始視察

中国・北朝鮮国境視察〜その2

瀋陽から国内線で約1時間、吉林省・延吉市へ。ここは朝鮮族が住民の6割を占め、町の看板も中国語とハングルが併記されている。朝鮮半島とのビジネスをしている人間も多く、物価は北京、上海と並んで高いとか。

 脱北者がここに多く潜んでいるが、中国政府は来年のオリンピックに備え、今年中に摘発、一掃一層ここから車で2時間ほどで豆満江をはさむ国境の町・トモン市がある。ここは丹東よりも川幅が狭く、遊覧船に代ってモーターボートで北朝鮮が見られる。北側の茂みには銃を持った北朝鮮兵士がしゃがみ、「タバコくれ」のしぐさ。こちらが日本人かどうか分からないのだろうが手を振れば小さく手を振り返す。おそらくモーターボート屋のおやじとは日常から意志疎通しているのだろう、あまり警戒感はない。

 ここから1時間さらに走るとフォション市があり、ここには日本企業もある。ここから清津(工作船の出発港)、羅津という北朝鮮の町に直通バスが出ており、中国企業はしばしば社員旅行で訪れるらしい。北朝鮮との接点は日本で考えるよりもはるかに簡単に存在している。

 中国語で書かれた拉致のパンフレットをできるだけ渡したが、ここからなら北朝鮮国内に西側の情報注入できるのではないか・・帰路、いろいろな可能性を考えた。


トモンにて。向こう側には金日成の肖像画があった 金日成バッチの偽者を売っている売店。 豆満江でモーターボートに乗る 向こう岸の茂みに北の兵士が隠れている。
禿山かと思いきや緑豊かな北の山並み。



8/18〜24  衆議院拉致問題特別委員開始視察

中国・北朝鮮国境視察〜その1

拉致等特別委員会で8月18日から24日まで北京〜瀋陽〜延吉〜韓国・板門店と回って来ました。その模様を何回かお伝えします。

(瀋陽〜丹東)

かつて奉天と呼ばれた瀋陽市から高速道路を走ること約200キロ、鴨緑江のほとりにある丹東市。

 川の向こうは北朝鮮・新義州市であり、鉄道と道路共用の700メートルほどの橋で結ばれており北の核実験の直後には北との物資往来が滞っている映像で知られたところ。初めて訪れた「北朝鮮との国境」に緊張するが、北朝鮮ウオッチングできる観光遊覧船があり、北朝鮮がわの川端まで近づける。

 その距離2〜3メートル程。目の前に北朝鮮住民が所在無さげに釣り糸をたれている。反応を見ようと「アンニョンハセヨ〜」と言葉を投げかけて話しかけるが懸命に無視している。手を振ったり、笑ったりすることは禁じられているのだろう。みな肉付きよく、おそらく「住民健在」アピールのために最前線に置かれているのでは。

 漁船や警備艇とおぼしき船が多数係留され、修理ドックもあるが稼働している気配はない。動く形跡のないアピール用。

 鴨緑江にそって東へ二十分のところには万里の長城の東端があり、そのふもともまた小さな国境・「ひとまたぎ」。その名のとおり、駅の反対側ホームとの距離しかない小さな川を挟み、向こうの土手が北朝鮮。氷が張る冬は北兵士が自転車でパトロールしてるらしいが、物資のやり取りなどナンボでもできる。

国境第一弾として訪れた中国・丹東と北朝鮮の近さに呆然とする。ほとんど隣接しており一朝有事の際には北住民が逃げ込んでくるだろうが、地元・中国住民は北のミサイルも核実験も拉致も知らず関心がないらしい。

一説によれば、核実験直後、国連決議のときには世界中のインテリジェンス(諜報機関)が丹東に集結したらしい。確かにここは北の異変を察知するセンサーとなり得る。


中朝国境丹東市。後ろが北朝鮮の新義州市。 丹東の街並み 北朝鮮を見る遊覧船は「観光の目玉」 遊覧船中で売られる「北朝鮮グッズ」
金正日切手セット。郵便制度などない北に切手が必要なのか。中国製(?) 釣り糸をたれる北朝鮮人民。こちらを完璧に無視。 誰もいない造船工場。 こちらの船も係留しているだけか・・・
左側が中朝を結ぶ鉄橋。右が朝鮮戦争で爆撃された橋。(日本製) 爆撃の跡はそのままに。 左側の土手が北朝鮮。行き来などは簡単。
その名もまさに「一歩またぎ」 万里の長城の東端のふもとに位置する。




6/ 26  CS朝日ニュースター「各党は今」に党を代表して出演します。

天下りバンク法案や、「消された年金記録」問題の解消などを主張しました。

収録の様子


6/ 14  衆議院本会議で、政治資金規正法の討論に立ち、政治の信頼回復を訴えました。(→こちら

6/ 13 静岡新聞で、政治資金規正法審議の様子が紹介されました。



5/ 10 日本経済新聞に、皆様のおかげをもちまして衆院選での民主党最多得票として取り上げられました。ありがとうございます。(→こちら


5/ 3  「新しい憲法をつくる国民大会(第38回)」に出席して、憲法に関する見解を述べました。



4/ 13  産経新聞で温家宝首相訪日についてのコメントが紹介されました。(→こちら

3/ 14  拉致特別委員会で鹿児島視察。

市川修一さん、増元るみ子さん拉致現場を視察 情報提供を呼びかける看板 現場となった吹上浜 県庁で市川さん、増元さんの家族からヒアリング



2/ 23  産経新聞で、ホームページのコメントが紹介されました。


2/ 11  サンデー毎日で赤坂議員宿舎問題を国会で取り上げられたことが紹介されました(こちらへ)。


10/10 伊豆ナンバー発足記念式典 於 三島駅北口

地域活性化の起爆剤として期待される「伊豆ナンバー」がスタートしました。導入に取り組んできたものとして感慨を覚えます。これをきっかけに、地域の更なる発展に努力します。




7/26 伊東市宇佐美、石丁場視察

伊東市宇佐美では、400年前の江戸城築城のための石切り場が当時のまま残されています。文化庁も既に視察済みですが、私も保存に向け、文化庁と近く協議します。

案内図 参議院の千葉景子議員(神奈川選挙区)とともに視察。 当時の石工の彫りあと。


7/9-16 総務委員会欧州視察

米ソ冷戦終結が調印されたホフジ館。何もない。 人口30万人の国の中心地。銀座通りか。。。 アイスランド国の大統領と
右手が大統領官邸。SPも警備車両もない。岬の教会のような佇まい。 溶岩に覆われた大地。 水素ステーション。ガソリンとディーゼルを将来は全廃するとのこと。 マントルが噴出し、地殻が分断されている。「地球の裂け目」。一年に1cm動いている。
つづき。


6/28 京都 立命館大学にて講演(政治とテレビなど、メディアとのかかわりについて)


6/4 西伊豆町国政報告会


5/1-7 イラン訪問

テヘランの街並み。予想に反して雪山がそこに。 テヘラン市内のホテルにて。革命後アメリカホテルを接収 50ドルを現地通貨にしたら、こんなボリュームに。 特産品はピスタチオ。これが食べ始めたら止まらない。
高級絨毯を買おうか迷う岡田さん 後ろの額は絵ではなく、絨毯 チャイハネと呼ばれるイラン式喫茶店にて。酒飲めないのでチャイで何時間もだべるのが息抜き。 ホテルの「バー」。カウンターはあっても酒はない。
イラン国会の応接室にて。 ボルジェルディ外交安保委員長と(詳しくはこちら) 考古学博物館で、日本人観光客にサインを求められる岡田さん。 ミイラ

日本の援助が行われている福祉施設にて
歓迎の歌で出迎えられる。
日本の援助が行われている女性向け、就職訓練施設・ イランの女学生さんと 世界遺産イマーム広場(イステファン)
その2 イマーム広場のモスク ここにも日本の観光客の皆さんが。
モスクの中 何百年と続くバザール。ホメイニ師の肖像画。 トワイライトのイマーム広場 鴨肉とイチジクとクルミの煮込み。慣れるとおいしいらしい....
金曜礼拝の日にも係らず、モスク前に
て寝ており、ガイドに怒られるイランの
やる気のないオッサン



4/3 行革特別委員会の質疑に関連して、読売新聞(夕刊)に取り上げられました。


3/6 総務委員会視察 放送技術と、地上デジタル放送に関して、NHK放送技術研究所とフジテレビ本社を視察しました。

※総務委員会では、通信と放送の合問題に関して、3月10日に関係者を招いての参考人質疑を行う予定です。

2/16 「皇室典範改正を慎重に考える会」呼びかけ人として、アサヒ芸能2月23日号にコメントが紹介されました。 


1/22 第9次イラク復興支援群壮行会 平成18年1月22日 板妻駐屯地にて

 第九次イラク支援群に陸上自衛隊板妻駐屯地第34普通科連隊から派遣され、昨日の22日、同駐屯地で壮行会が行われた。

 他国の軍隊車両が“我が物顔”で街を走るのに対し(セキュリティー上の理由もあろうが)、日本の自衛隊車両は歩行者を優先させて反日感情が無くなったとの体験談を披露しながら、イラクの民生安定や復興のみならず、日本への感情を良好なものにするため、厳しい環境の中であっても日本的美徳を忘れずに活動して欲しいと激励させていただいた。

 小野寺群長以下精鋭の無事帰還を心から願ってやまない。


激励の1コマ 小野寺群長以下の隊員の皆さん



1/5-11 ミャンマー・ベトナム・タイ視察

ベトナム編T



1/5-11 ミャンマー・ベトナム・タイ視察

ミャンマー訪問記U

ヤンゴン駅。世界の車窓から(風)。 地元「暁秀高校」出身の俳優さん 外務副大臣と外務省にて会見 農業灌漑大臣、科学技術大臣、宗教大臣
らと会談
農業灌漑大臣から友好の品を受け取る 休みの日は皆パゴダで一日を過ごすという パゴダの仏教寺院 ヤンゴンの街中にて
ここにもぺ・ヨンジュンが... 戦没者を護られている日本人会の会長は私
の高校のOBだった
パゴダA ミャンマーの病院でODAを厳しくチェック



1/5-11 ミャンマー・ベトナム・タイ視察

ミャンマー訪問記T

 1月5日から11日までミャンマー(ビルマ)、ベトナムを訪問してきました。ミャンマーは軍事政権下でアメリカから経済制裁を受け、日本もODAを休止しています。しかし大戦の戦後補償を返上した親日的国家であり、日本人英霊を懇ろに今も護る穏やかな国民性は大事にしなければなりません。

 天然ガスの宝庫でありますが中国が西側の経済制裁の間隙をぬって天然ガスを雲南省まで引っ張ろうという計画もあり、覇権主義の中国に親日本の国家群を構築することの重要性を実感しました。
 
 軍事政権は自分達の功績を見せるために我々に首都ヤンゴン(ラングーン)の北東・ラショーという地から中国国境のムセという街にいくよう強く勧められました(というより命令)。そのエリアは内戦を引き起こす部族を現政権が武装解除させ、資金源であったケシ畑をとうもろこしやオレンジなど換金作物への転用成功を日本の政治家に見せ、軍事政権のよい面を知らしめたかったのではないでしょうか。

中古の日本製バスやトラックが走り回る(空港で) ヤンゴンからラショーという街まで移動
軍事政権が麻薬から転作させたみかん畑 各部族が一堂に会して総会を開いている様子 これが銀行の支店 我々の車は途中で壊れて立ち往生 ミャンマー料理は辛くておいしい
ドライブインの炊事場 ブレーキの利かない10年前に車検の切れた日本車 葉っぱに石灰と木の実を混ぜたガム。まずい。 後ろに見える高層ビルは中国 中央の林が国境
ラショーから車で3時間移動した中国との国境、ムセの町並み 地元の子供。日焼けどめをぬっていてぎょっとする 地元の伝統的民家 その台所 そのリビング
我々を先導した警察車両。まだ部族とは停戦中とのコト これも部族の資金源、ケシの栽培をゴマ栽培に転作。





12/1-2 衆議院総務委員会、大分視察。

湯布院の風情。 人力車が観光客を乗せて散策。 年間300万人が訪れる湯布院は、乱開発とならぬよう行政・住民が努力している。 湯布院のシンボル・由布岳
芸能人の店やアンテナショップも進出を狙ってるらしくイメージが変わってしまうことを心配する向きも。 豊後高田市の「昭和の町」にて。商店がそれぞれ一品のお宝を展示している。 右手が先祖が嫁入りの際に持ってきた足袋。これもお宝。
商店街は観光客向けと地元の生活向けが混在している。 疲弊した商店街を行政からの補助金や民間からの出資で「昭和」をテーマで再生。 案内ガイドの名物おばさん。当初はみなボランティアでやっていたという。 駄菓子はいまやデパートでしか買えないものに。鉄板でてんかすのみの焼きそば作れれば言うことなし。
さすがに中身は食べられへんやろ〜。 電気屋さんに飾られた昭和の電化製品。懐古ブームのいま、元気があった成長期に皆思いを寄せるとか 名物のコロッケ。おいしい。 その場で揚げてくれるカレーパン屋。左のスナップはうちの前社長、岡田カッチャンが来たときのもの。
案内してくれた市長いわく「鉄砲撃っても死人が出ない、だーれもおらん商店街でした」・・チッチキチ〜 ここが特別なのではなく、その気になればどの町も出来そうな観光商店街。熱意を持ったリーダーがいればこそ。 昭和の展示館の入り口。ミゼットが目を引く。中にはマニア垂涎のお宝が。 昭和の平均的家庭の再現。前回韓国でも同じような写真を・・。




11/23-25 民主党派遣団の一員として、訪韓。

与党ウリ党とのシンポジウムのひとコマ。とに
かく向こうは靖国と歴史認識のワンパターン主張
ソウル市内から約40分の統一展望台にて。
銅像の人の名は・・忘れた。
統一展望台からは北朝鮮を望むことが出来る。
一番近い場所で約300メートルほどの川幅。
後ろの山々が北朝鮮。望遠鏡では人影が見え
るが車の姿は1台のみ。だれでも行けるので訪
韓の際には皆さんも是非。
統一展望台内で、再現された北朝鮮の一般家庭 ソウル中心部の高速道路を撤去して河川公
園にした環境事業。これで市長が一気に大
統領候補に。
野党ハンナラ党のパク・クネ総裁。ご存知パク
チョンヒ元大統領の長女。やはりオーラが出ていた
チョン・ドンヨン統一庁長官と。元ニュースキャスタ
ーで将来の大統領候補。
気分転換に東大門市場の屋台で。トッポギ
(辛いソースで煮たモチ)を食す。屋台のオ
モニ(おばはん)がどこも元気。



11/18 国道135号 網代バイパス開通式に出席しました。


11/12 静浦西小学校ソフトボール部 創立30周年記念大会に出席しました。

開会式にて 始球式。往時の強肩?を披露。




10/24の「今日の一言」に書きましたが、 読売ウイークリーの依頼でコラムに寄稿しました。全文ご紹介します。

同誌p.34より引用


「政々流転!」

空気が読めなかった民主党

 勝負の世界に「たら」「れば」は禁物といわれるが、政治の世界に「たら」「れば」の議論はつきものだ。先の衆議院選挙で大敗を喫した民主党にとって、悔やまれるのが仙谷由人・民主党前政調会長の指摘を生かせなかったことである。
今年5月、議員仲間で仙谷氏を囲み、グラスを傾けた。まだ、「郵政民営化法案を自民党が強行採決するなら、自民党は分裂選挙に追い込まれ、民主党政権が誕生するー」といわれていたころのことだ。

 仙谷氏は、自民党が3分裂し、新党ブームが起きた1993年の衆院選と政局の状況が似てきたことを指摘し、社会党議員として戦った12年前の選挙戦をこう振り返った。

「自民党の分裂劇を対岸の火事と見ていたが、『自民党vs新党』の対決劇ばかりがクローズアップされた。当時『我こそ改革の旗手』と意気込んでいた社会党の仲間たちが日増しに劣勢になり、気付いた時にはもうどうしようもなかった。自民党vs造反組の構図となれば、民主党にとって選挙結果は厳しいかもしれない。自民党の分裂で民主党が漁夫の利を得ることはない」
今回、仙谷氏の体験を党執行部全員が肝に銘じていたら結果はどうだったであろうか。

 私も選挙戦では、民主党の郵政民営化法案への対応に対し、厳しい指弾を受けた。私の選挙区・静岡6区は静岡県東部に位置する。新幹線で東京に通う通勤族から伊豆半島南端の農家まで、都市部と農村が並存する、日本の縮図的な選挙区である。有権者からは「かつての同士に刺客を送る小泉総理には投票しない」「混乱する自民党政治より民主党に政権を取ってもらいたい」との意見の反面、都市部を中心に「なぜ民営化に後ろ向きなのか」と批判を受けた。前回、2003年衆院選で自由党との合併による“新党効果”の追い風を感じた時とは全く違う空気に慄然とした。その結果、選挙演説は弁明から始めざるを得なくなり、地元をこまめに回る“地上戦”に戦術を切り替えた。
選挙中、候補者は「見えるものを信じるか、見えないものを信じるか」で悩み、選挙中に党が行う選挙区の「サンプル調査」やマスコミ情勢報道には神経を尖らす。しかし、最終的に勝敗を左右するのは「空気を読む」ことではないだろうか。

 今回、全体に、データに出ていない現実の流れを判断する“空気を読む力”が足りなかったと思う。各選挙区の雰囲気を「ただ事ではない」と判断できたなら、戦略、戦術に再考の余地があったかもしれない。解析する力はどの政党も同様だろうが、差異がつくとしたら「空気を読む力」ではないだろうか。
自民党では昨年参院選の危機的な敗北をしたが、結果をきちんと総括し、戦略を立て直したことが今回の結果に結びついたと思う。
これに対し民主党は00年の衆院選から4回の国政選挙でいずれも議席増を果たした。しかし、党の持つ弱点を解決しないまま伸びてきた。わが党の中に「そうは言っても勝ってきた」という緩みがなかったのは間違いない。

 いまや「政」と「官」を見る国民の目は厳しく、若者の中に自民党への拒否感は、もはやない。「最初のピンチ、最後のチャンス」の今回の敗北を契機に、目に見えぬいまの「空気」を読むことが出来るかどうか。そこに民主党の浮沈がかかっている。


10/13 CSチャンネル桜、「現代コリア研究所」に出演しました。

佐藤勝巳所長、松原仁衆議院議員とともに。




7/15 熱海在住の貞方邦介社長の出版記念パーティーに伺いました。

貞方社長と 司会の山田玲奈さんと


7/6  熱海新聞より


7/4 伊豆新聞にロシア訪問の報告記事が取り上げられました。


7/3  平成17年度『中国人殉難者慰霊の集い』 にて (於 西伊豆町大沢里白川)



7/2 日露修好150周年記念回航事業 レセプションにて (於  ホテル伊豆急)



6/25 熱海長浜人工海水浴場オープニングセレモニーにて

フラダンスで歓迎 当日はアロハシャツなどの軽装で望みました。 テープカットの様子。


6/20-23 日露修交150年記念訪問団としてロシアへ

到着後歓迎を受けた空港ロビー 隣のおっさんが食べていたいくらトースト いかついロシアのカタ2人と。元宇宙飛行士。 私の泊まったウクライナホテル。外観はスターリン様式で観光名所 でも部屋はこんなトホホな感じ...

日本人墓地に献花。
モスクワは年々自動車が増え、ムチャクチャ大渋滞。
左がジューコフ第一副首相。ロシアの小泉っぽい... フォーラム会場のモスクワ市庁舎。元コメコンビル。 モスクワの地下鉄。えらくゴージャスな構内。
日本大使館にて記者会見 後ろが「赤の広場」。このときは対ドイツ戦勝行事があった。 クレムリンをバックに鳩山氏と
立派なモスクワ大学。ここはロシアの東大 モスクワ大学での日ロ友好絵画展。修好の原点である伊豆の風景。


5/30 警視庁見学に訪れた熱海第一小学校PTAの皆さんと。



5/15 地元、黄瀬川自動車学校、自転車まつりにて 抽選会のくじ引き



5/14 地元事務所にて、郵政民営化問題についてテレビ局の取材を受ける。



4/30-5/6 韓国ソウル・モンゴルウランバートル訪問

レーニン記念館もいまではビリヤード場に。この建物は現在革命党の所有となっている。
若者向けとテナント収入の一石二鳥か?
我々が泊まった首都ウランバートルの最高級ホテル「チンギスハンホテル」一泊1万円くらい。 社会主義時代の遺産・市電バス(?)あちこちボコボコです。 モンゴル国会前にて。抑留された日本人が建設作業に携わった。
真ん中の方が建設大臣。私と同じ年。社会主義国崩壊の時の民主化青年リーダーがいま要職に。 一日目の昼食に出たヤギの頭料理。モンゴルの方は上手に上あごと下あごをバキバキ裂き・・。 衛星携帯電話用のパラボラアンテナ。日本の援助によるものでちゃんと日の丸が入っています。 日本の中古消防車。ここにも日の丸が。乾燥地帯のため山火事が多いお国柄。
JICA日本・モンゴルセンターにて。年間50円で会員に。日本語を勉強する女性が圧倒的に多い。 モンゴル政府が進める4万戸の住宅建設計画を聞く。日本の投資に過大な期待が。 モンゴルのテレルジ国立公園にて。むちゃくちゃ寒いところで耳が取れそうでした。 真ん中がモンゴル大統領。親日的でどことなく谷村仁司(クリソッツ)っぽい。
伝統的な遊牧民の住まいであるゲルの中で夕食をとる。来年から観光用に開放するとかでウルルン紀行あたりに出てきそう。 これがゲル外観。中川正春先生があまりの寒さに耐え切れず買った現地の帽子をかぶって。 朝夕は氷点下にも。中心部の中央分離帯にはこのようなツララによる氷の芸術が。ちなみにこの時期は初春であまり観光には適してないとか。 町一番のデパート前で客待ちのタクシー。ガソリン節約のためエンジンを切って手で押しながら移動。
モンゴルは北朝鮮とビザなしで行き来できる国。建設現場で北朝鮮からの労働者と。給料は月収150ドルぐらいでみな恰幅がいい。休みの日は韓国のテレビを見て楽しんでいるとのこと。




4/25 第一回瞽女(ごぜ)芸能まつり(於 戸田の御浜岬エントランス広場 )
その昔、盲目の女性芸人が峠で行き倒れ、その亡骸を戸田の村人が手厚く祀ったことから、冥福と芸道の上達を祈願して、このまつりが行われた。「ごぜ」とはその三味線引きのこと。

肌寒い中、行われた郷土芸能の発表 読経の中、地元議員として焼香に参加しました。



4/4-5 岩国、江田島、呉自衛隊視察

機内でのスナップ 離陸前に操縦席を見学する 瀬戸内海の島々 厚木基地から乗ったP3C#
江田島海軍学校の講堂 江田島の人間魚雷「回天」 百年の歴史を持つ「江田島兵学校」の前でイギリス様式 後ろの砲弾は戦艦大和のもの



3/12 戸田村日露交流150周年式典にて

挨拶 記念碑の前にて


3/10 日本外国人特派員協会にて会見

中川正春議員、長島昭久議員と、北朝鮮人権侵害救済法について会見


3/6 下田日露交流150周年式典にて

下田での日露交流150周年式典ー記念碑の除幕 鳩山由紀夫日露協会会長をお迎えして


2/20 わたなべ周新春の集い

第一部では、仙谷政調会長、榛葉参議院議員と議論 第二部では歓談を中心に...


2/10 わたなべ周国政報告会(下田)

安住淳、原口一博衆議院議員、榛葉賀津也、藤本ゆうじ参議院議員


1/13 安保委員会視察で尖閣諸島へ

航空自衛隊のYS-11機で上空から視察。同僚議員と


12月 地元中小企業経営者セミナーで講演

中小企業政策や「中国リスク」等について講演


12月 平田まさのり福岡第2区総支部長と

ご挨拶に来ていただいた際に


10月 21世紀臨調からインタビューを受ける

「期待される若手議員」として取り上げられる

10月 沼津女性の会の皆さんの国会見学